▼mitosaya 蒸留家 江口宏志さん×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和|SPECIAL CROSS TALK
お酒好きの〈OSAJI〉ブランドディレクター 茂田正和が訪ねたのは、千葉県・大多喜町にある蒸留所〈mitosaya〉。元薬草園だった1万6,000㎡もの広大な敷地には、数百種類の薬草やハーブ、果樹が植えられています。今回は、この自然豊かな地で蒸留酒をつくる蒸留家・江口宏志さんと茂田による対談をお届け。江口さんが〈mitosaya〉を始めた経緯やフードロスについて、お酒と人の関係性や2人がこれから挑戦したいことなどについて語らいます。
これじゃないと、つくれないものがある。
茂田正和(以下、茂田)
もともと東京で本屋『ユトレヒト』を営んでいた江口さんが、千葉へ移住してmitosayaを始めたのは、どんな理由からだったのでしょう?
江口宏志(以下、江口さん)
僕は元々田舎の育ちで、いつかは東京を離れて自然に関わる仕事がしたいと思っていました。また、本屋の活動を通じて、ユニークなクリエイターたちに出会うなかで、自分もなにかをゼロからつくり上げたい、自分を表現できる“技術”がほしいという思いもあって。その両方を叶えてくれたのが、当時出会った“蒸留”でした。お酒は嗜好品なので、みんながみんな好きにはなり得ないかもしれないけれど、自分が良いと思ったものが、100人ぐらいに共感してもらえたらいいなという気持ちで始めました。
茂田
蒸留所にはたくさんのお酒が仕込まれていますね!
江口さん
実験的なものも含めて、いろんな種類のお酒をつくっています。うちは自然の恵みを最大限活かすことがモットー。収穫した原料を新鮮なまま加工するので、狙った味を出す逆算的なつくり方ではありません。お酒は発酵や浸漬、蒸留などの工程を経て完成しますが、発酵も天然酵母でやるのか、浸漬もアルコールの種類は何にするのか、蒸留したアルコールでさらに浸漬するパターンもあり、かつ果実や植物の組み合わせも無限大。
最近実験中なのが、近所のワイナリーからもらったワインを仕込んだ後のブドウを、もう一度発酵させたお酒。ビールのように軽やかに楽しめる低アルコールの微発泡ワインで、「ピケット」と呼ばれています。
茂田
酒粕を再発酵したアルコールでつくられる粕取焼酎みたいなものですね。お酒って、いろんな考え方があって面白いですね。
江口さん
そうそう。低アルコールでサラッと飲める方が気持ちいいという楽しみ方もある。ワインを絞ったあとのブドウにも、皮の内側に果実味やジュースが残っていたり、皮自体に独特の香りや渋味があって、これじゃないと出せない味があるんですよね。
茂田
生産から梱包までの間で廃棄されてしまうフードロスへのアプローチってどこか不便を我慢することに美学があるような話が多いじゃないですか。はたして、その無理は続くのだろうか、一生できることなのだろうかと疑問を感じるなかで、この江口さんのそれにしかない味わいを楽しむという捉え方はヒントになりそうですね。
江口さん
mitosayaの由来は、「実と莢(さや)」からきていて、果実だけではなく、葉・根・種も含めて、植物の可能性を探りたいという思いが込められています。
そもそも僕たちは捨てるのはもったいないから使おうという感覚ではないんです。摘果りんごじゃなければ、オレンジの皮じゃなければ、できないお酒がある。たとえこれまでは廃棄されていた原料であっても、しっかりと手をかけてきちんと良いものをつくらないといけないと思っています。
茂田
たしかにその通りですね。出荷されずに捨てられてしまっているものって、この世にたくさんありますが、それをどう活かすかが、これから求められるつくり手の技量のような気もします。今、日本の化粧品原料の国内自給率は10%以下。そういう資源をうまく活用する技術を磨いていきたいです。
江口さん
国産の化粧品メーカーはたくさんあるのに、原料はほぼ外国産なのですね。
茂田
これから発展途上国がもっと化粧品を使うようになれば、将来僕らのところには化粧品原料が回ってこないかもしれない。むしろ、けっこうな確率でそんな未来が訪れると危機感を持っています。以前、とある酒蔵さんから「破棄してしまう酒粕を化粧品原料として使えないですか?」とご相談を受けたことがあったのですが、酒粕は皮膚アレルギーのリスクがあり、そのままでは使えないというのが大きな課題なんです。
いろんな製品を生み出したその最後の最後の残渣が、化粧品になり得たら本当はサステナブルで良いモデルだなと思うので、その技術を開発することに力を入れていきたいですね。
おいしいお酒は優秀なコミュニケーションツール。
江口さん
僕はmitosayaを始める前、南ドイツの田舎町にある蒸留所でお酒づくりを学びました。その蒸留所も家族で果物やハーブを育てながらお酒をつくっている場所で。食後は仲間たちと、自分たちで仕込んだお酒を10種類ぐらい飲み比べながら、ああだこうだ話すことがあるのですが、僕はその時間がとっても楽しくて。自然の恵みを凝縮して味わえることの豊かさも、量産されているお酒では味わえない貴重な経験だなとつくづく感じていました。mitosayaを始めるとき、こういう体験がつくれる場所にしたいと思ったんです。
茂田
なるほど。僕は料理をつくることも好きなのですが、料理ってあくまでもそこにいる人同士の話のきっかけとか、話の温度感が変わるきっかけなど、触媒となるものだと思っていて。その感覚にも近しいかもしれませんね。今はノンアルコール飲料もたくさん増えてきていますが、改めてお酒の価値や魅力って江口さんは何だと思いますか?
江口さん
ただ酔っぱらいたいだけならなんでもいいわけですよね。お酒を通じて生まれる人との繋がりやコミュニケーションの部分にも楽しみがあるように思います。
茂田
そうですよね。ただごはんを食べるだけではなく、お酒を飲むことってやっぱり特別ですよね。人と人って、しっかりした面しか見えていないとどうしても距離を感じてしまう。普段厳しいことを指摘したり、仕事がバリバリできる人でも、一緒にお酒を飲んでみると“ダメさ”が見えてきて、なんだか仕事がしやすくなったりしますよね。楽しみ方によってお酒って人間味を感じられる、優秀なツールだなと思います。
土地に根付いて、自分たちらしさを表現する。
茂田
江口さんは今後やってみたいことってありますか?
江口さん
少し興味があるのは、場づくりについて。友人が軽井沢の隣町・御代田町というマイナーな土地で、駅前の廃屋をリノベーションし、1階をカフェ、2階をゲストハウスとして運営していて。この前、そこでmitosayaのイベントをやらせてもらったのですが、近隣の住人からわざわざ来てくれる人までいて、すごく盛り上がりました。僕らも縁もゆかりもないこの大多喜町にきて早6年。場所も、人とのつながりも徐々に増えてきたなかで、これからはもっと気軽に来てもらえる場所にしたいなと思っています。
茂田
場所をつくるというのは時間がかかることですが、やっぱりいいですよね。集落をつくるぐらい大きくなったりして。
江口さん
そんな大層なことはできませんけどね(笑)。例えば、うちの薬草園の周りって、山に囲まれているのですが、とても気持ちのいいハイキングコースがあるんです。でも数年前に大きな台風があって、木が倒れたり土砂崩れがあって人が入らない山になってしまった。僕たちは犬の散歩でよく歩いていて、本当に最高な場所だなと思っているのですが。その山ひとつとっても、みんなが歩けばもっと良い場所になると思っているので、たくさんの人に知ってもらいたいなと。大多喜には、大多喜城というお城があったり、キャンプ場や小さな川も流れていて、自然豊かでいい場所なんです。
mitosayaも「あそこに行けばなにかおいしいものがあるみたい!」と思ってもらえる、地元のスポットのひとつになれたらいいな。
茂田
僕も群馬のみなかみ町に拠点を持っていて、なにかできないかなとちょうど考えているところなんです。先日、アートギャラリーのレセプションパーティーを訪ねにバンコクへ行ったんですが、そこで聞いた地元のDJミュージックがとてもローカリティがあって、わざわざここまできて聞く価値があるなと思ったんです。それはタイの民族楽器を使っているとかでもなく、曲のセレクトのなかに、まったく聞いたことのないニュアンスを感じたんです。自分が日本で化粧品をつくるならどこかで日本のローカリティを匂わせたいと思ったんですよね。
日本の化粧品は、西洋文化をオマージュしているものが多くて、意外と日本のアイデンティティを持っているものが少ない。「日本の香りってなんだろう」と突き詰めていくなかで、今の僕が思うのは結局、木の香りかなと。みなかみといえば、杉、ヒノキ、ヒバ、クロモジなど樹木が有名で、それをどう面白く使っていけるかを考えています。
江口さん
お酒もどんなに本場に近づけようとしても、どうしても滲み出てくる自分たちらしさがあるんです。「俺が世の中にないものをつくるんだ!」と気張るのではなく、結果的に「他にはないね」というぐらいのクリエイティビティがいいなと僕は思っています。日々、いろんなお酒を真似してつくるのですが、絶対一緒にはならないんですよね。お客様もそこで僕たちらしさを楽しんでくれていたらうれしいです。
ものをつくるということは、そのものがいろんな場所に行き、僕たちのことを伝えてくれるということ。それが面白いですよね。
PROFILE
江口宏志
蒸留家 / mitosaya株式会社 代表取締役
2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープン。2009年より「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げ・運営に携わり、2015年に蒸留家に転身。2018年、千葉県大多喜町にあった元薬草園を改修し、果物や植物を原料とする蒸留酒(オー・ド・ヴィー)を製造する「mitosaya薬草園蒸留所」をオープン。千葉県鴨川市でハーブやエディブルフラワーの栽培等を行う農業法人「苗目」にも携わる。
茂田正和
株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
mitosaya
千葉県夷隅郡大多喜町にある蒸留所。自社で栽培する果樹や薬草・ハーブ、全国の信頼できるパートナーたちのつくる豊かな恵みを使い、発酵や蒸留という技術を用いてものづくりを行う。“自然からの小さな発見を形にする”をモットーに、これまでに160種を超える蒸留酒、季節の恵みを閉じ込めた加工品、プロダクトなどをリリース。
■住所 / 千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486
https://mitosaya.com
text:Runa Kitai