▼プロデューサー/作家/DJ カワムラユキさん×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和|SPECIAL CROSS TALK

選曲とメイクにみる「共通点」について

気分を上げたいとき。季節が変わるとき。どんな色や質感のメイクを選びますか。

ゆったりと家で過ごす休日。旅先での移動のお供。どんな音楽を聴きますか。

今回は、プロデューサーであり選曲家、作家と幅広く活躍するカワムラユキさんをゲストに迎え、OSAJIブランドディレクターの茂田正和との対談をお届けします。トークを重ねていく中で浮かび上がってきたのは、選曲とメイクの密接な関係でした。


私を満たし、形作ってきた音楽とバレアリックに宿るムード

茂田正和(以下、茂田)
僕らの出会いは音楽がきっかけでしたね。ユキさんと音楽の出会いについても聞いてみたいです。

カワムラユキさん(以下、ユキさん)
中高生のころから渋谷系の音楽が大好きだったんです。音楽の聴き方に始まりレコードやCDの集め方、すべてにおいて洗礼を受けましたし、当時は90年代で、それが大きなムーブメントにもなっていました。

茂田
あらゆるジャンルにおいて、革新的なものがたくさん生まれた時代でもありましたね。そこからさらに音楽にのめり込んでいくわけですか。

ユキさん
多種多様なジャンルの音楽を聴くようになって、やがて自分でもDJをしたりイベントを企画したりするようになりました。そうやって辿り着いたのが、スペインのイビサ島で生まれた音楽ムーブメントである「バレアリック・スタイル」というものです。ダンスミュージックと隣接して「チルアウト」というものがあるんですけど、この語源になったのが私の師匠でもある故Jose Padilla(ホセ・パディーヤ)という方のDJスタイルでもあるんです。

茂田
ご自身にとっては、1番大きな影響を与えた人でもあると。

ユキさん
ええ。自分がDJプレイする上で再現性の高いものでいうと、私にはバレアリックというものがフィットしたんです。音楽の可能性をミックスして、直感でグルーヴを繋いでいく感じ。テクノもハウスもロックもジャズもヒップホップも環境音楽も、ボーダーラインを曖昧に音楽たちを繋いでいって、自分の景色を作っていくようにしながら、今の私のスタイルが形成されていきました。

茂田
この「渋谷花魁」というお店を始められた経緯についてもお聞かせいただけますか。今年で14年目になられるそうですね。

ユキさん
そうなんです。気づいたらあっという間に。私自身、かねてからスクラップ&ビルドを繰り返す日本の都市開発には悲しみを覚えていて、20代前半で初めてフランスを訪れたときに、古い建物ほど価値があるということを教えてもらったんです。

東京に戻ると、友人からこの物件を見せてもらう機会があったんですね。再開発がどんどん進む一方で、渋谷の街中にぽつんと古民家があって。当時築60年ぐらいだったかな。
そのときすぐにお店のイメージが湧いたんです。ここを仲間のクリエイターたちと一緒にリノベーションして、サウンドシステムや機材を入れてオリジナルのDJブースを作ったら素敵な音の場になるだろうなって。
それこそ90年代のサンプリング的な感覚と、バレアリック的なマインドで作ったお店っていうか。スタイルのショールームみたいな存在です。

茂田
なるほど。お客さんはどういった方が多いんでしょう?

ユキさん
日によってさまざまです。音楽好きにとっての場でもありたいけれど、さまざまなお客さんにきてほしいですね。これから音楽を好きになってくれる方然り、それぞれの人にとって社交の起点となれるような場でもありたいです。このお店で出会って結婚したカップルもいるんですよ。

茂田
それは素敵ですね。僕らが若いころって、そういうサロン的な場所はけっこうありましたよね。

ユキさん
ありましたね。現代の渋谷にサロンの必要性を感じていました。お店を作るときに最初にイメージしていたのは、沖縄の民謡酒場みたいな場所。良い音楽と適度なお酒と会話が楽しめる、バランスの取れた場所を作りたかったんです。今日はこんなレコードが見つかったからみんなで聴こうよ、あなたのそれも聴かせてよ、みたいな。

お店を「ウォームアップ・バー」としたのは、ここがクラブ街やライブハウス、映画館がある道玄坂の入り口だから。オープン当初は馴染みがない言葉だったと思うけど、お店を始めて数ヶ月後、2011年の3月に東日本大震災が起こり、自然と皆でウォームアップして元気にいこうっていう、そんな意味を持つようにもなっていきました。

茂田
店内にはアーティストさんの作品も展示されていて、ギャラリー的な機能もあるのですね。

ユキさん
こちらは河野未彩(カワノミドリ)さんの作品です。私にとってアートはすごく大切なものです。存在するだけで、どうしたって惹かれてしまうもの。作品に宿るスピリットやエレガンスに敬意を表し、感じたエネルギーをどう変換して享受するかっていうのがアートとの対話の可能性にはあると思います。

茂田
それでいうと、音楽はまた違いますよね。

ユキさん
音楽は自分。私の体の中を満たす水分や細胞のすみずみまで、音楽を聴かせて振動させることで湧き上がるエネルギーみたいなものを感じたときに、この上ない喜びを感じるんですよね。自分にとっては欠かせないもの。世界が終わるとしたら、その寸前まで聴いていたいです。

茂田
完全に自分の一部なんですね。そこまで音楽と一体となって生きている人って、そう多くない気がします。


内なるエネルギーを呼び覚まし、未完成の「美」を模索し続ける

茂田
話は変わりますが、最近僕は『食べる美容』っていう本を出したんですけど、何らかの形で次にやりたいと考えているのが “聴く美容”です。音楽と美容の関係性について、考えてみたいと思っているんです。

ユキさん
そのテーマ、とても共感します。音楽と美容って、本当に密接な関係があると思います。私にとってメイクとは神聖な行為であり、その日に纏っていたいオーラみたいなものを顔や髪の毛や指先まで封じ込めるようなイメージがあります。メイクをする時間は必ず出かける場所を想定した音楽を選曲をするのですが、それによってメイクのニュアンスも変わりますよね。

茂田
音楽の作用ってことですね。それぞれがリンクしているというか。

ユキさん
まさにそんな感じです。選曲とメイクって、いずれも「無言の名刺」みたいなものだなと思っているんですよね。どんなメイクをしているか、どんな音楽を聴いているかを表明することによって、相手に対してメッセージを伝えることができるじゃないですか。
好きっていう気持ちや真剣な気持ちを伝えたいときも、メイクに力を借りたり背中を押してもらうことがありますよね。あるいはお葬式に行くときは、その人と最期に対峙するわけだから、精一杯の敬意と感謝と別れの挨拶をしようと思うならば、メイクでも表現できるし、選曲するのならばレクイエムや故人のスピリットに寄り添った音楽で見送るだろうし。

茂田
確かに、音楽とメイクはシチュエーションに寄り添うものだし、自分の中の多様性を引き出すツールでもありますね。

ユキさん
音楽の場合はアメニティのように効果的に使われるケースもありますね。たとえば、おいしいお料理がメインの場で音楽が邪魔したらいけないし、お酒を飲みながら会話しているときに薄く音楽を流すことで、自然と楽しくなったり気持ち良くなったりもすると思うから。

茂田
たしかに、そういう場面における音楽の選び方は重要ですね。

ユキさん
ええ。メイクの話に戻ると、若いころの私はトゲトゲしていて、メイクもアイラインが今よりもだいぶ濃かったんです。私のテリトリーに入ってこないで!って、自分と外の世界との境界線のような意味合いでアイラインを引いていた。今はもうだいぶ淡いアイラインになりました(笑)。
メイクって年齢やそのときの自分とともに変わるし、その人の生き方や内側がにじみ出てくるものだと思っていて、それが現在の顔になっていると思うんです。

個人的には美容って、自分なりにベストを尽くそうとしている状態が1番楽しい。さらに歳を重ねると経験値が高まってきて、コンプレックスとの付き合い方もこなれてくるんです。メイクもその時々のセッションみたいな感じでやるのが好きなんですよね。

茂田
ユキさんのメイクや美容に対する考え方そのものもある意味、バレアリックなんでしょうね。それに、コンプレックスをどんなふうにトランスレーションするかは自分次第だし、視点を変えればいろんな付き合い方があると。

ユキさん
コンプレックスを暗いものと捉えるか、自分の良い部分に光を当てるレフ板みたいな使い方ができるかどうかは、考え方と経験値次第ですよね。それに、顔のコンプレックスは年齢とともに変化する場合があるということ。
若いころは瞼の腫れぼったさや頬骨の高さが気になっていたんですけど、歳とともに目元の脂肪はなくなって、たるんでゆくフェイスラインも頬骨のおかげで顔が多少は張って見えるなら良いのかも、と思うようになって。プラスに考えるようにしたら、自分の理想とする顔の完成形は若い頃がピークじゃなくて、まだ先なんじゃないかと思うようになったんですね。

茂田
なるほど。コンプレックスをどう生かすか? を考えるとき、経験値というのも重要な要素であるといえますね。

ユキさん
未完成なものが愛おしいし、魅力的だと思っているんです。現状ををいかに楽しむかというのが、メイクにおいても肝な気がします。たとえば私は、フルメイクから離れて、あえて眉毛を描かない日。マスカラをしない日。アイラインを描かずにアイシャドウだけでメイクする日。みたいな感じで、日によってメイクのやり方を変えたりしながら楽しんだりもします。

茂田
未完成の中にある違和感が、人間らしさや美しさを感じさせるのかも。

茂田
メイクの話と音楽の話を行ったり来たりするけれど、音楽がもたらすものって、本当に大きいですよね。
僕自身の話では、コロナ禍に入ってからライヴに行けなくなって、生で聴くことができない期間がしばらく続いた後、久しぶりに生演奏を聴いたときは涙が止まりませんでしたね。ライフラインに関わるものではなくとも、自分にとってなくてはならないものだったんだなと再確認したんです。

ユキさん
私にとってもそうです。音楽もメイクも、内なるエネルギーを呼び覚ましてくれる大事な存在ですね。

以前、老人ホームに隣接したホテルでDJをしたことがあるんです。お年寄りのお客様も多く、そこにお洒落な格好をしたご高齢の御婦人が車椅子でいらしていたんですね。音楽をかけると、その方は今流れている音楽で少しでも踊りたいと要望して、私がDJしているときの10分ぐらいの間、ケアワーカーさんに支えられながら立ち上がって踊ってくれたんですよ。その光景にもう感動しちゃって。音楽そしてDJっていうのは人を立ち上がらせる力があるんだと思って、本当にうれしかったですね。

*そのときの様子を記録した動画、〈うみのホテル〉でのDJの様子はこちらから。

茂田
それは素晴らしい。メイクの話でいうと、脳科学の分野では、口紅を塗るだけで認知症の進行を遅らせることができる可能性があるといわれています。そういったケア的な意味でも音楽とメイクは近いものがありますよね。

これまで僕は化粧品やメイクについて考えるときに、ユーザーではない自分がどうやってその心理を理解できるんだろう? とずっと考えていたんです。今日はそれを音楽に例えて話すことができてすごくしっくりきましたし、とてもいい話をさせていただきました。


PROFILE

カワムラユキ

プロデューサー / 作家 / DJ

バレアリックやチルアウトを活動の軸にした東京・渋谷拠点のプロデューサー/作家/DJ。​​​​​​2001年に「灼熱」でデビュー後、メキシコシティーの独立記念塔で開催されたLove Parade Mexico 2003にて東洋人として初めて10万人を前にプレイ。その後もパリのBatofarやIbiza島のamnesiaなど、世界各国をDJしながら放浪する。近年は渋谷区役所の館内BGM選曲や、TOKYO 2020 東京オリンピック及びパラリンピックの会場DJ及び音楽演出、アートパラ深川の清澄庭園でのアンビエントインスタレーション、文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門優秀賞を受賞したオープンワールドRPG「CYBERPUNK2077」楽曲プロデュース、スクウェア・エニックス「Nier Re[in]carnation Chill Out Arrangement Tracks」にリミックス参加するなど、活動は多岐に。作家としては幻冬舎Plusにて音楽エッセイ「渋谷で君を待つ間に」を隔週連載中。音楽家としてはIbiza島のレジェンドでDJの師匠でもある、故Jose Padillaに捧ぐ楽曲「R.I.P. Sunset」を、ミュージック・ブランド&レーベル「OIRAN MUSIC」よりリリース。渋谷道玄坂に築約60年の古民家をリノベーションしたウォームアップ・バー「渋谷花魁 shibuya OIRAN」を2010年にオープン、6月で14周年を迎える。タイミングと勘と縁に従うまま「ことば」「音楽」「景色」を日々、融通無碍に繋ぎつづけている。

バリ島の夜明けにインスパイアされた最新アンビエントトラック「Dawn」が、Apple Musicなど各サブスクリプションサービスより配信中。
https://ultravybe.lnk.to/dawnyuki


茂田正和

株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター

音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJIkako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。202429日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/


photo:Mitsugu Uehara
edit&text:Haruka Inoue
hair&make-up:Aya Ito,Yuya Goto(OSAJI)

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