▼群馬大学 副学長 理工学部・大学院理工学部 教授 / 株式会社グッドアイ 取締役会長 板橋英之さん | SPECIAL INTERVIEW
環境問題解決のための研究から、ある“偶然の発見”をきっかけに生まれた天然鉱物「サンゴライト」。その開発者は、群馬大学の副学長を務める板橋英之教授です。分析化学、環境科学を専門とし、重金属除去技術から感染症対策まで、多岐にわたる分野で研究を続けています。
今回は、板橋教授の研究者としての原動力や、新たな視点からイノベーションを創出する手がかりについて、OSAJIディレクターの茂田正和がうかがいました。
研究者にとっての原動力は、だれかの役に立つということ
大学4年の頃に初めて研究というものに触れ、新しいことを発見する面白さや人の役に立つことの喜びを知り、研究者の道を志したという板橋教授。研究をしているときは、それが何の役に立つのかわからなくても、あるとき別のことに繋がる瞬間というのが必ずあるといいます。

「研究の原動力は、何かの役に立ったり、喜んでくれる人がいることですね。それが我々の一番のやりがいに繋がっています。研究というのは終わりがなく、時に想像を超えた形で実を結ぶこともあります」
例えば、カドミウムなどの有害物質の除去研究もその一つ。板橋教授は、ご自身の研究を社会実装するために、2017年に群馬大学発ベンチャー企業「グッドアイ」を設立。事業の一環として、カドミウムを土の中で固定化し、お米のカドミウム濃度を低減させる土壌改良剤も開発しました。改良剤を使用した農家の方からは、「お米がおいしくなった、さらには収穫量もアップした」という報告があり、ついには、ブランド米「ぐっどまい」誕生にまで発展しました。これらのプロジェクトは、元は渡良瀬川周辺で発生した足尾鉱毒事件に関する研究がきっかけであり、まさにある点が別のことに繋がって生まれた形です。
あらゆる仕事をAIが担うようになったいま、これからの研究の在り方や、科学者に求められる役割とは。
「何もないところに点を打ち、異なるもの同士を掛け合わせて化学反応を起こすことが重要です。自分の専門分野では全然常識ではなかったことが、別の分野では新たな研究の道標になったりする。それを探すのがこれからの科学者だと、わたしは考えます」

環境問題への挑戦から生まれた、サンゴ由来の天然鉱物

板橋教授は、環境問題を解決するための研究を多面的に行う「環境科学」を専門としており、研究テーマの一つに、群馬県草津町の酸性河川水と堆積土壌の分析があります。
「草津温泉は日本有数の強酸性の温泉で、それが川に流れ込むと水もまた強い酸性になってしまい、魚や生き物が住めなくなってしまう問題がありました。そのため、中流域の施設から24時間365日、石灰を溶かしたものを投入して中和しているんですね。ただ、それによって沈殿が、下流にあるダムにどんどん溜まってしまうので、川を浚渫(しゅんせつ)し、最終処分場に廃棄しており、これには莫大なお金がかかっているという問題があるんです。そこで、少しでも沈殿を減らすべく、石灰に代わる中和剤はないかということで、石灰の主成分であるカルシウムよりも軽いマグネシウムを使ってはどうかという考えに至りました。そのときたまたま研究室にあったのが『サンゴライト』という、カルシウムとマグネシウムの炭酸塩鉱物で、これを粉末化して利用することにしました」
偶然の発見と共同研究が拓く、鉱物の可能性
サンゴライトは、長い年月をかけて蓄積したサンゴ由来の天然鉱物。ミネラル成分がバランスよく豊富に含まれていることから、肌に潤いを与え、キメが整い、すこやかな状態を保つことが期待されています。

「サンゴライトの溶解水によって、結果的に川に流れ込んだ沈殿の量を減らすことはできたものの、石灰の代替としては費用的に合わず、酸性河川水の実用化には至りませんでした。その代わりに、あるとき学生が『この実験をしていると、手がすべすべになる』という、思いがけない発見があったんです」
この発見を、化粧品の原料に活用しない手はないと考えた板橋教授は、「入浴剤にしたら、きっと喜ばれるに違いない」と思い立ち、成分分析をスタート。サンゴライトを溶かした液は、いわゆる温泉水のような、弱酸性の化粧水と比べても遜色ない美容効果が期待できることがわかりました。ベンチャー企業「グッドアイ」は、サンゴライトを用いた無添加のスキンケアシリーズを開発し、なかでも“浸かる化粧水”で話題を呼んだ「サンゴライト風呂」は温浴施設を中心に導入されています。
「温浴施設利用者の方からのアンケート回答も満足度が高く、肌がしっとりするといった声が多く寄せられました。この反響を受け、その効果をより深く探るため、医学部の皮膚科学教室と連携した共同研究を実施しました。研究室での検証では、サンゴライト溶解水の風呂に入った際の皮膚に対する影響を分析し、肌を整える可能性が示されました」
板橋教授自身も、サンゴライトのお風呂に入るようになってからは、それまで悩まされていた乾燥肌による症状が気になることも少なくなったそう。これまでとこれからの研究について、最後にこう語ります。
「今回の研究では、天然の鉱物が人の健康に寄与できるんだ、という驚きと喜びがありました。自分たちの研究が、さらに多くの人の笑顔につながることを信じながら、さまざまな挑戦を続けていきたいと思います」


インタビューを終えて
科学とは、実にロマンチックなものだと改めて感じました。研究室にあった鉱物を石灰の代用として使うアイデアもそうですし、手がすべすべになるという事例があったとしても、普通はその先に駒が進むこともなければ、駒が進んだとしてもベンチャー会社をつくるなんて稀でしょう。そもそも板橋先生の柔軟な発想がなければ、サンゴライトという成分は生まれなかった。大切なのは、自分たちが目指す研究のゴールではなく、自分たちの知見を活かして人の役に立つこと。そういった価値観にもすごく共感しました。
現在OSAJIが群馬県みなかみ町で取り組んでいる「ひまわりオイルプロジェクト」も、元は化粧品メーカーとして社会課題と向き合うべく、原料の自給がテーマでもありました。一方で、自社で栽培するための畑を考えていったときに、みなかみ町の耕作放棄地の問題に直面し、地域と連携しながら進めていくプロジェクトに発展したんです。
また、かねてから僕は、さまざまな分野におけるAI技術の台頭について、進化することと幸せがイコールなのかという疑問を持っていました。そんななか、「人の幸せが目的であるということを常に一番に考えていれば、進化しても間違った方向に行かない」という先生の言葉は一つの指針になるだろうと思いました。
今回のサンゴライトの事例を参考に、身近なきっかけからヒントや気づきを得て、面白いことに発展していく取り組みが今後もあらゆるところで実現していくこと、まさにオープンイノベーションのような仕組みが広がっていくことを期待しています。
OSAJIディレクター 茂田正和
PROFILE
板橋英之
群馬大学 副学長 理工学部・大学院理工学府 教授/株式会社グッドアイ 取締役会長
群馬県桐生市生まれ。群馬大学工学部卒業。群馬大学大学院工学研究科修士課程応用化学専攻修了。筑波大学大学院 化学研究科 博士課程修了。理学博士。2004年より群馬大学工学部 教授。13年より群馬大学大学院理工学部 教授。17年、株式会社グッドアイ設立。取締役会長。21年より群馬大学副学長。
主な研究分野は、分析化学、環境解析評価、環境保全対策。環境中の重金属元素を取り除く方法を開発している。これまでに、ウッドチップと炭を原料とした重金属と有害有機物質の吸着材や、植物溶出成分を配位子に用いた吸着材、天然素材を用いた重金属の除去技術と植物への重金属取込抑制技術を開発。また、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)をはじめとしたウイルス不活化材料の開発に関する研究なども行っている。
https://www.gunma-u.ac.jp/
茂田正和
株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI(オサジ)』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香–」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/
株式会社グッドアイ
群馬の地から大学の知を結集し、イノベーションを興すことをスローガンに掲げ、地球温暖化や食糧危機などの社会課題や新型感染症といった人類が抱える問題の解決に挑戦している。群馬大学の研究から生まれた「サンゴライト」スキンケアシリーズをはじめ、セメントとウッドチップを混合し、銅イオンと銀イオンを吸着させた「減CO₂ブロック(GUDブロック)」、土壌改良剤「GUDアグリ」などの自社開発商品があり、売上の一部は群馬大学の研究や学生支援にも充てられている。