おいしい未来研究所|手を抜く、楽しむ。忙しい現代の家庭料理とは?|第3回 

OSAJIディレクター・茂田正和が、自身の隠れ家にて「今話したい人」をゲストに迎え、手料理を振る舞いながら、お酒片手に「今話したいこと」を話す、キッチンドランカー企画。

その時間が会話をどこへ運んでいくかは、風まかせ。

茂田とゲストが「感じている今」を、旬の手料理とともに、お届けします。


▶︎今日のゲスト

市原万葉さん <写真中>、北野実希さん <写真右>(一般社団法人 おいしい未来研究所)

▶︎今日のTALK KEY WORDS

現代にフィットする郷土料理、家庭料理/子どもに良いものを食べさせたいけど忙しい。どうしたらいい?/お出汁と乾物/文化を織り交ぜていく/手を抜く、楽しむ/必要以上は、必要ない/美しい使い方/いいものに適切な値段を払う/原風景を心に残す

▶︎FOOD

枝豆と砂肝のアヒージョ/きゅうりとアサリのリゾット/サワラのローストミントソース

茂田正和(以下、茂田)「今日は、キュウリとアサリのリゾットに枝豆と砂肝のアヒージョ、サワラのローストのミントソースで、“夏と闘う女性のための料理”を…」

市原万葉(以下、市原)「わ、テーマが最高!毎日お願いします。仕事と子育てで、日々闘っているので(笑)」

茂田「サワラにアーモンドとミントのソースをかけたのは、アーモンドのビタミンEが夏のケアに良いから。ナッツ系は不足しがちなビタミンを補ってくれます。あと、夏は貧血にもなりやすいので、砂肝で鉄分もしっかりと。内側に熱がこもらないように発汗を促して代謝を上げたいので、ビタミンBもたくさん摂りたいところですね」

北野実希(以下、北野)「このリゾットも美味しい!何が入っているんですか?」

茂田「キュウリをすり下ろして2本。キュウリは、肌のためには夏に絶対食べてほしい食材なんですよね。一番乾燥しやすい季節って、実は夏なんです。紫外線をたっぷり浴びているので、身体の中から乾燥してしまう。キュウリやスイカなど瓜科の植物には、シトルリンというアミノ酸が入っていて抗酸化作用があり、皮膚のコラーゲンを紫外線から保護してくれます」

市原「キュウリって、そのままだとたくさんの量を食べられないから、すり下ろすのはすごくいいですね!」

北野「キュウリのパックも良いんですか?」

茂田「食べ物を直接肌に乗せると肌に過剰反応が出てしまうかもしれないから、食べるほうが良いかもしれないですね。夏に絶対NGなのは、柑橘系のパック。食べるのは大丈夫ですが、肌に乗せてしまうと、クルクマリンという成分が紫外線を吸収してしまいます」

北野「そう考えると、本当に自然の摂理に適っていますよね。元々、柑橘は冬の食べ物ですからね」

茂田オレイン酸やポリフェノールを含むオリーブオイルも、夏には良いんですよ。夏になるとやっぱり、南国の料理を食べたくなるんですよね。スペインやポルトガルは、夏野菜を上手に使う料理が多いんです。今回のアサリのリゾットもポルトガルの定番。そこに日本のキュウリを入れて…」

北野「日本のキュウリを合わせると、甘くて良いですね。海外のキュウリは、旨みが少ない気がします」

市原「私たちの“おいしい未来研究所”でも、様々なデータを調べているのですが、日本の野菜は水分量が豊富なんです。比べると、同じ野菜でも海外のものとは水分量が全く違う。野菜の味って本当に土着性がありますよね」

茂田「だから同じ野菜でもその土地の料理を再現できないんだよね。でも、そこが面白いところでもあったり」

FOODS ー今日の献立ー


◆キュウリとアサリのリゾット
“HEGE”のワンプレートで仕上げる、お手軽リゾット。



◆枝豆と砂肝のアヒージョ
HEGEにオリーブオイルを熱して、砂肝を切り、枝豆は皮ごと入れるだけ。味付けと飾りに、アンチョビとイタリアンパセリを加えて。




◆サワラのローストミントソース
サワラとパプリカを焼き、アーモンドとミントに、レモンを絞ってミキサーにかければ、ソースも出来上がり。

▶︎TALK

いかに手を抜いて、食を楽しむか。忙しい現代の家庭料理とは?

茂田「“おいしい未来研究所”って、名前が良いよね。安全や文化継承も重要だけど、第一に食はおいしくあってほしいです」

市原「私たちもその名前からよく、古きを重んじる、手間暇をかけて美味しいものをつくることを重視する、と思われがちなのですが、実は一番大事にしたいのは、現代にフィットする郷土料理、家庭料理なんです。昔から引き継いできた伝統を大切にしつつ、今の時代に最適な形を見つけ、じゃあこれからどう未来に残していく?という…」

北野「だから、新しいフードテックも柔軟に取り入れていくし、昔とのライフスタイルの違いも考慮して、簡単なものにシフトしていくし」

市原「古文書をAIで読み解いて昔の料理を再現するプロジェクトもやっていたのですが、その中で、“おいしくないものは淘汰される”という、シンプルな事実も分かってきたんですよね」

茂田「昔の伝統や文化を必死に温存させるのではなくて、もういらないものは淘汰されるのが自然であるとも言えますよね。そうでないと新しいものが入らない。テクノロジーの発展で昔とはできることが明らかに違うんだから、それを取り入れていくのもある意味当然だし」

市原「テクノロジーの進化の渦中でも、“食”を根源としていると、原始的な行為だから人間の根本から外れない。それが拠り所になっている感じもあります」

北野「私はシンプルに食べることが大好きなんです。一生のうちに食べられる数は限られているのに、その一食を適当に済ますのは絶対に嫌。だからお昼も絶対にミーティングを入れないし、毎日食に向き合っています」

茂田「今回の料理は、調理器具をあまり使わず、洗い物を極限まで減らすようにしています。現代の女性たちは本当に忙しいから。僕も日夜、包丁、まな板、鍋、皿だけでいかに料理をするかにこだわって研究しています」

市原「郷土料理の研究をしていても、暮らしにたっぷり手間暇をかけられた時代とは違うから、食の形も当然違ってくるんですよね。100年後には、ミールキットや外食が伝統食として扱われているかも、とか。でも、そんな中でも子どもの食育や健康も考えていきたいし…。うちにも5歳と2歳の子がいるので現在進行形で葛藤していて、実生活でもどんどん実験しています」

北野「私は元々料理人なので、いろんな家庭にお伺いして、その家庭にある調味料や食材を使って2時間で7品つくる、とかもよくやっています」

市原「私の家にも定期的に来てもらって、そのおかずたちを近所のママたちと分けて持って帰ったりして。それが現代のコミュニティの形にもなり得るし」

茂田「僕は中学生の娘が体調を崩してしまった時に、朝ご飯で食養生をしてあげたかったのだけど、とにかく時間がなくて。そこで辿り着いたのが、お出汁と乾物。娘との暮らしを通して、これさえあれば何とかなる、というのが分かってきました」

北野「茂田さんがどんなものを使っているのか気になります!」

茂田余った野菜やきのこを全て一緒にフードドライヤーで乾燥させて、ブレンダーにかけるんです。そうすると、粉末状の“野菜節”ができる。それさえあれば、毎朝のご飯が本当に簡単にできます」

市原「乾燥させるんですね!今まで、いかに食材の鮮度を保つか、に命をかけていたけれど、“乾燥”という概念が入ってくると、世界が変わりそう」

茂田「きのこは特に優秀でおすすめですよ。えのきの石突の部分まで一緒に乾燥させて、えのきパウダーを作っておいてもいい」

市原乾物ってもっと生活に馴染みそうですね。特にこの気候危機で、食材の保存ってもっと注目されると思うから」

茂田「日本の“丁寧にお出汁を引く”文化も、それはそれで美しいのだけど、現代の暮らしにはフィットしないですよね。乾燥&ブレンダーも丁寧にはせず、野菜の組み合わせも適当でいい。出来上がってから、これは洋風だね、和風だね、って楽しめばいい。その雑味が、子どもにとっても必要だと思います。アジア圏の出汁は大体粉末状だし、手抜き上手。その辺は現代に合わせて、取り入れていけばいいんじゃないかな」

北野「私たちもお出汁をテーマにワークショップをしたことがあって。お出汁の習慣から遠ざかっていることに対しての罪悪感もあるよね、って。確かに、そうやってお出汁の概念もアップデートしていけばいいんだ!」

市原「乾燥もフードドライヤーじゃなくて、キャンプ用の乾燥ネットに入れて洗濯物と一緒に干す、とかでもいいし、いくらでも方法はありそうですね」

茂田「あと、忙しいと、“料理を楽しむ”という感覚も抜けがちですよね。無理に楽しめと言っているわけじゃないんだけど、楽しいという感覚がないものは続かないじゃないですか」

市原「本当にそう!日々をいかにこなすかに注力しちゃいます」

茂田「料理でも、どこが楽しいと思うかは人それぞれで、じゃあ負担なく楽しくできるラインはどこ?というのを、もっとみんな探ったらいいと思う。それは外側に答えはなくて、自分にしか分からないことだから。だから、料理のレシピを渡してそのまま再現してもらっても、本質的には意味がないんだよね」

北野「本っ当に、そう思います。レシピを再現するのが楽しい人はそれでいいけれど、本当は苦手な人の方が多い気がします。冷蔵庫にあるものでいいし、もっと感覚的でいいのに

市原「レシピ至上主義だと思考停止にもなってしまうから、自分ではどうすれば良いか分からなくて、どんどん苦しくなってしまうんですよね。料理自体の最低限の数式みたいなものが分かり始めると、手を抜けるところも分かって、どんどん楽しくなってくる」

茂田「“やりたくない、楽しくない”と思う人に対して、“手抜き万歳!”というのが、僕の仕事の本分なので。料理も美容も根本的には一緒。だから、野菜節を考えたり、HEGEを作ったり。いかに手を抜けるか、楽しめるか。それが一番大事です」

北野「私たちのテーマの一つとして、今後、変わりゆく環境とどう対峙するか?というのもあります。もう本当に暑すぎるから、これからどうする?というところとか…」

茂田みんなが“必要以上は必要ない”、“なくてもいい”、にシフトすると、随分と変わるんじゃないかと思いますね。例えば、スーパーに行って4人家族なのに、ちょっとでも大きいにんじんを買おうとしようとする心理は何なのか、とか(笑)」

市原「わー!それは耳が痛い!!やってます、それ!細かいけれど、そういうところですよね(笑)」

茂田「安売りでまとめ買いをした食材の賞味期限が来てまとめて捨てる、とか本末転倒ですからね」

北野家庭のキッチンでも、循環できる分だけを買って循環させるのって大事ですよね。うちは回し続けているから、あまり無駄が出なくて」

市原各家庭の調味料も、もっと少なくていいはず。以前、“なんでアンチエイジングは気にするのに、酸化した調味料を口に入れるのに抵抗がないの?”と問われたことがあって、ハッとしました」

茂田「“美しいつくり方”に注目されがちだけれど、おいしい未来研究所にはぜひ、“美しい使い方”にフォーカスしてほしいですね。いい生産者がいいものをつくる、というだけでなく、使う側が美しく使うことも重要だから」

市原「まさに。これからますます、使う側のリテラシーが問われてきそう」

茂田「でも、そんなに難しいことじゃなくて、“丁寧につくられたものに、適切な値段を払う”という意識だけでいいと思います。そうならないから、生産者も特別なことをやって付加価値つけよう、という方向に行ってしまうのであって。高級なものに高い値段を払う社会は楽しくないでしょう?」

北野「それで言うと、これからの社会を動かす今の10〜20代は、ちょうどいい、ちょうど美味しい、を選べている気がしますね」

北野「この前、茂田さんと一緒に東北の海女さんのところへ見学に行ったのですが、面白かったですね!」

茂田「昔ながらの番屋が、一番感動しましたね!プライドを持って食文化を保存している感じがして」

市原「そこで暮らしているおばあちゃんたちの、ケの暮らしの長さが…!海が生活の根源に根付いている、ってこういうことか、と。生命が海から生まれていることを実感しました」

茂田「観光も、新しいことなんてしなくていいんだよね。そこに暮らしている人々の日常こそが、経験したい原体験で」

北野「本当に。そこで生きている人はそのままでいい!」

市原「この先、日本の伝統的な風景が変わっていくのは自然なことだし、子どもたちにも、この風景はきっと残せない。でも、この原風景を見せておくのは重要だと思うんですよね。大人になった時に、その原風景を思い出すことで、また新しい未来を築いていくことができるかもしれないから

茂田「そういう意味でも、おいしい未来研究所は、とても良い取り組みをしていますよね。あと、個人的には夜飲みの文化も淘汰されていいと思う。みんなが夜に外でお酒を飲まなくなったら、CO2もずいぶん削減されるんじゃないでしょうか(笑)」


プロフィール

一般社団法人 おいしい未来研究所

食から未来を創造するTHINK DO TANK。「どうしたら、おいしい未来をつくれるだろう?」という問いを軸に、日本が積み重ねてきた「おいしい」という文化的価値を多様な視点から探究し、食から未来を創造するための戦略を社会全体に提示・実践している。

https://oishii-mirai.com

市原万葉 一般社団法人 おいしい未来研究所・研究員。企画制作などのディレクションを担当。2児の母。

北野実希 一般社団法人 おいしい未来研究所・研究員。料理人。メニュー開発などを行う。

茂田正和

OSAJI ディレクター。音楽業界での技術職を経て、2002年より化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に 師事し、敏感肌でも安心して使える化粧品づくりを追究する中で、感性を育む五感からのアプ ローチの重要性を実感。2017年、スキンケアライフスタイルブランド『OSAJI』を創立しディレクター に就任。2021年にOSAJI店舗に併設のホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前) が好評を博し、2022年には香りや食から心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レストラン『enso』に よる複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年は、日東電化工業の技術を活かした器 ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)を 手がけた。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。



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