引田舞さん|本物に触れて、日々を積み重ねるということ|第1回 

OSAJIディレクター・茂田正和が、自身の隠れ家にて「今話したい人」をゲストに迎え、手料理を振る舞いながら、お酒片手に「今話したいこと」を話す、キッチンドランカー企画。

その時間が会話をどこへ運んでいくかは、風まかせ。

茂田とゲストが「感じている今」を、旬の手料理とともに、お届けします。


▶︎今日のゲスト

引田舞さん(CIRCUS ディレクター)

▶︎今日のキーワード

余白が面白い|誰かの“絶対的な好き”が溢れているセレクトショップ|モノを大切にする意識が楽にしてくれること|道具も暮らしも本物に触れる|良い調理器具は正しい調理法を教えてくれる|お金を使う意味と価値

▶︎FOOD

牛テールとクレソンの鍋/ホッキ貝と菜の花の炊き込みご飯/茗荷と出汁昆布の土佐酢和え

茂田正和(以下、茂田)「今日は、せりやクレソンを使った牛鍋をメインに、ホッキ貝と菜の花の炊き込みご飯。あとは、茗荷と昆布の土佐酢和えです。僕はクレソンとせりが異常に好きで」

引田舞(以下、引田)「大人になってフレッシュなクレソンと出会って、美味しくてびっくりしました」

茂田「クレソンには浄化作用があると言われていて、βカロテンやビタミンが豊富なので、美容にも良いんです」

引田「鍋は蓋なしで料理するんですね」

茂田鍋料理は蓋をせずに、鍋内の湿度が上がり過ぎないようにして、野菜の風味を保つようにしています。上の方はまだフレッシュで、野菜の食感が違う方が美味しいから」

引田「炊き込みご飯の塩梅も、好みです!」

茂田ご飯は、沸騰するまでの時間が短いと固めに、長いと柔らかめになるんです。僕は固めが好きだから、いつも出汁の温度を人肌くらいにして炊き始めますね」

引田「この茗荷も美味しい〜」

茂田「出汁をとった後の昆布を何とかしてやらないと、といつも思うんで、そんな時の一品です」

引田「本当に食って大事ですよね。妊娠出産を経て、自分の身体に色々なことが起こり、“自分の身体は食べたもので出来ている”ということを、身をもって体感しました」

茂田「うちの一人暮らしの息子もシックハウス症候群で、合成調味料アレルギーが発覚して。でも、不思議なもので、食生活を整えると症状も落ち着いていくんですよね。僕も美容の仕事をしているけれど、化粧品だけで美容をすることへの限界を感じたりもします。食べ物の方が効くこともあるし、内面と外側、どちらからもケアすることの大切さを実感します」

FOODS ー今日の献立ー


◆牛テールとクレソンの春鍋
材料は、牛テール、せり、クレソン、白髪ネギ、小口ネギ。牛テールとネギの葉の部分と生姜をコトコト煮てお出汁に。黒胡椒の粒を潰して粗挽きにして、多めに効かせるのがポイント。




◆ホッキ貝と菜の花の炊き込みご飯
昆布と干し貝柱で出汁をとって、炊き込みご飯に。最後にカラスミをかけて。


◆ホッキ貝と菜の花の炊き込みご飯
昆布と干し貝柱で出汁をとって、炊き込みご飯に。最後にカラスミをかけて。

▶︎TALK

お金の価値観も

小さな暮らしの積み重ね。

茂田「舞ちゃんとは、普段は本当に飲み友達で(笑)元々、僕が、舞ちゃん夫婦がディレクターを務める新木場の『CASICA』のファンだったんですよ」

引田「嬉しいです!古い物は特に、自分たちも、“これって何に使うんだろうね?”というものを、答えが出ないまま売っていたりするんです。余白があるのって面白いから」

茂田「CASICAに出会って、新しい趣味の範囲ができた気がします。世の中でかっこいいと言われているものではなくて、かっこいいと言わせたい気持ちを、改めて思い出させてくれた場所です」

引田「“売れるもの”って限られてるけど、私はもう少し、誰かの“絶対的な好き”が溢れているセレクトショップに行きたいなと思います」
茂田「自分が本当に美しい、良いと思うものを、素直に突き詰めていきたいよね」

茂田「お母さまである引田かおりさんからの影響もありますか?」

引田「それは大いにありますね。今でも覚えているのが、大学生の頃、母に12年前のマーガレット・ハウエルのスカートをもらって衝撃を受けたんです。当時の私は、洋服にはトレンドがあり、早いサイクルで着られなくなってしまう、と思い込んでいたので…」

茂田「舞ちゃんが20歳の時くらいに、ご両親がギャラリーを始められたとか」

引田「その時は突然のことで驚いていたんですが、考えてみると、母は昔から、家族の心地良さのために “家”に意識を向けていたから、それをギャラリーという形にしただけなんですよね。風通しが良くて循環するお家をつくるために、モノも潔く手放したり、逆に大切にするものは長い間ずっと大切にしていたり

茂田「その価値観って、本当に大事だと思いますね。お金の価値観という大きな概念を考える時も、結局、それは暮らしの中の小さなことの積み重ねですから。モノを大切にする意識が楽にしてくれることって、たくさんあると思います

引田「道具やモノって、若い頃は、使えるお金が限られているから、これでいいや、となってしまいがち。でも、母からはいつも“道具も暮らしも本物に触れてほしい”という姿勢を感じていました。“お金がなくても、靴だけは良いものを”と小さな頃から言われていましたね。だから、今の家に引っ越した時も、最初は冷蔵庫もソファもなかったんです。安いからこれでいいや、と済ませたものを置くよりは、自分たちが納得するものを置きたかったので」

茂田「料理をしていると、“本当に良い調理道具は正しい調理法を教えてくれる”と思うんです。例えば、イタリア料理では、焦げを調味料にするんです。エビやキノコのソテーは、どんなシェフがやっても焦げるから、そこに白ワインを入れると全部コクになる。アルミ製の調理器具は焦げやすいとよく言われますが、それは調理法が間違っているから。こんなふうに、どんな調理器具にも意味と目的があって、正しい使い方と愛で方が存在するんですよね。そうすると、料理も美味しくなるんです

引田年を重ねることで、暮らしのスタイルも変わってきますよね。母からは、数十年ものの調理道具を譲り受けることもあります。もう使うのがしんどくなってしまった鋳物のお鍋とか、銀杏の大きなまな板も、結婚時に譲り受けました。そのまな板は、母が30年使っていたので真ん中がへこんでいるんですよね。もらった時は、その歴史が見えて感動しました。洋服や小物も、よくギャラリースタッフの方へ譲ったりしています」

茂田「本当に良いものを誰かへ譲ったり、循環させたりすることって、とても豊かなことですよね。最近、お金を使う意味と価値は、誰かが喜んでくれたり、一緒に楽しんでくれることだと思うんです。だから僕の場合は、社員がワクワクできることへなら、利益のことは置いておいて気持ち良く使おうと決めていて」

引田「茂田さんと出会ってから、本当に良いチームだな、といつも思っていましたよ〜。みんなが気持ちよく仕事をしている感じが最高!」

茂田「僕は社員とも仕事相手とも、とにかく友達になりたいだけなんだよね。だから、舞ちゃんや(旦那さんの)善雄さんとも、一緒に仕事してるけど、ビジネスやお金の話したことないもんね。時々これで大丈夫かと思うけど(笑)」

TOOLS ーお供した道具たちー

引田さんが持参した『土楽』の土鍋。
https://doraku-gama.com

引田三重県伊賀にある、江戸時代から続く窯元「圡楽窯」の 七代目・福森雅武さんが生み出した土鍋です。

雪深い冬に、父が福森さんを訪ねて会いに行って以来、ずっと実家にあります。この土鍋が本当に素晴らしくて、浅めにつくられているので、焼くお料理にもいいんです。お肉をそのまま焼いて食べたりしても美味しいです」



包丁とまな板は、茂田私物。
越前の包丁作家・黒崎優さんによるもの。
https://seisukehamono.com/collections/黒崎-優

まな板は、釜浅商店の『庖丁にやさしいまな板』
https://kama-asa.com/item-list?categoryId=49201

茂田「まな板は、包丁が当たった時の感触が全く違うんです。例えば白髪ネギを切る時でも、最後まで刃が入らずにくっついているということもない。もうこのまな板しか使えません」

プロフィール

引田舞

CIRCUS ディレクター。

「マーガレット・ハウエル」のショップスタッフ、プレスアシスタント、ラジオ番組の構成作家を経て、現在は、夫の鈴木善雄とともに(株)CIRCUSを主宰。

古家具・古道具の卸、MD選定、ブランディングや内装デザイン、スタイリングなどユニットで活動している。

渋谷PARCOにて期間限定ショップ「Archives」を展開しながら、東京・新木場にある複合施設「CASICA」では、買い付けからディスプレイ、ギャラリー企画、MDまで、トータルに外部ディレクションを行っている。

茂田正和

OSAJI ディレクター。音楽業界での技術職を経て、2002年より化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に 師事し、敏感肌でも安心して使える化粧品づくりを追究する中で、感性を育む五感からのアプ ローチの重要性を実感。2017年、スキンケアライフスタイルブランド『OSAJI』を創立しディレクター に就任。2021年にOSAJI店舗に併設のホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前) が好評を博し、2022年には香りや食から心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レストラン『enso』に よる複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年は、日東電化工業の技術を活かした器 ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)を 手がけた。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。



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