▼釜浅商店4代目店主 熊澤大介×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和|SPECIAL CROSS TALK

料理を愛してやまないOSAJI ブランドディレクター 茂田正和が「料理道具のすべてはここで揃えていると言っても過言ではない」というほど全幅の信頼を寄せている釜浅商店。道具を選ぶこと、使いこなすこと、そこには多くの学びがあり、人生を豊かにする価値が凝縮されていると実感している茂田と、釜浅商店 4代目店主 熊澤大介さんによる語らいお届け。料理道具との向き合い方について、そして、家庭料理にも欠かせないまな板やごはん釜を紹介しつつ、創業から114年を迎えた釜浅商店が伝え継いでいきたいエッセンス、文化の成り立ちと切っても切れない売り買いの心得について。


料理道具の使い方を知ることは、多様な感覚を養うこと。

茂田正和(以下、茂田
はじめてご一緒できたのは数ヶ月前ですが、釜浅商店の熊澤さんといえば、僕にとってはもう長いこと憧れの存在です。

熊澤大介(以下、熊澤さん)
 いやいや、僕の方も大学生の娘にOSAJIの取材を受けることになったと言ったら、急に尊敬の眼差しを向けられて(笑)。OSAJIの影響力をひしひしと感じました。 先日、鎌倉にオープンされたレストラン主体の複合型ショップ『enso』もすごくすてきで。僕は以前、蔵前の『kako』で調香体験をさせてもらったのですが、ensoでもできるということで。プレゼンも凝ってますね!

茂田
あまりにわかりやすさを求めると、つまらないものになっていってしまうと思って。難しい部分をギリギリ残すよう僕がハードルを上げて、スタッフとかなり話し合いを重ねてつくり上げました。コロナ禍と重なったこの2〜3年は、調香の世界と料理の世界を行ったり来たりの日々でした。

熊澤さん
調香の世界と料理の世界の行き来、興味深いです。釜浅商店では、コロナ禍に出刃包丁がよく売れました。それで「和包丁と暮らす」をテーマに、もう1回その価値を掘り起こすというところをやっていこうと。僕が今日持って来た愛用品も、1点はこの柳出刃の和包丁です。お魚を捌いたり、刺身を引いたり、ちょっとした野菜も切れる、便利な1本です。

茂田
いまのお話を聞いて、2020年のステイホーム中はひたすら包丁を研いでいた自分を思い出しました(笑)。

熊澤さん
そうなんです。和包丁とともに、“包丁研ぎ”にも再注目してもらいたくて。包丁を研ぐ時間って無になれるというか、自分と向き合う心地よさがあると思うんです。包丁研ぎの時間にふさわしい香りを、茂田さんとコラボしてみたいですね。

茂田
いいですね!確かに包丁を研いでいるとゾーンに入るような、自律神経が整う感じがあります。集中力を高めるベチバーあたりを使うといいかも。

それにしても、ステイホームきっかけで料理人口は増えたはずなのに、料理道具に実際に触れて買えるお店は減った気がします。僕の地元である群馬の高崎には、ちゃんとした料理道具が揃っているお店がすっかり見当たらなくなりました。

熊澤さん
道具って、重さや手に馴染むかどうかなど、実際に触れて使ってみないとわからない部分がありますよね。それもあって、この釜浅商店の中にもキッチンスペースをつくりました。「道具の使い方教室」というのも今後やっていきたいんです。例えば、フライパンを熱するってどれくらい?煙が出るくらい?みたいなところも、実際に体感したほうがわかりやすいはずだし。

茂田  確かに、火力については感覚的に怖さが先にきやすいので加減しがちですよね。パスタをソースに絡めるときなんて、実際にプロの仕事を見るとかなり強火でやっていて。道具の使い方の会得は体験するのが1番。

熊澤さん
一方で、いまって100円ショップで料理道具を揃えることもできてしまう時代なので。釜浅商店では“良理道具”と呼んでいますが、なぜこの道具がいいものなのか、こういう理由があるから長く使えるというのを伝えることが僕らの仕事だと思っています。

茂田
僕も含め、料理好きな人にとって釜浅商店さんは、こだわり抜かれたさまざまな料理道具に出会える唯一無二のお店だと思います。これを使うとどういう調理ができて、道具を使いこむことのメリットまで教えてもらえる。

熊澤さん
そこは最も意識してやってきたので、そう言ってもらえるとすごくうれしいです。

茂田
質のいい料理道具には、最適な料理の仕方を教えてくれる教育料まで含まれていると僕は思っています。

先日、娘がお菓子づくりをしていて、カラメルソースづくりにテフロンの黒いフライパンを使ったら焦がし過ぎてしまったんです。僕の愛用品のひとつ目はこの雪平鍋ですが、娘に「こういうシルバーの鍋を使えば、色の状態がよくわかるから焦がし過ぎて失敗することもなくなるよ」と教えて。料理における嗅覚と視覚のウェイトはかなり大きくて、空間認知能力の観点からも道具は本当に重要だと感じます。

熊澤さん
そう思うと、小さい頃から料理に親しむって、とてもいいことですよね。いろいろな能力を養っていける。

雪平鍋でお湯を沸かすと、周辺から沸騰してくるのがわかります。これは柔らかく火が入っている証拠で、きんぴらごぼうなどをつくってみると、そのおいしさは、ほかの鍋との仕上がりの差がよくわかると思いますよ。


機能的な美に溢れ、長く使える、 釜浅商店のオリジナル商品。

茂田
釜浅商店で買ったものの中でも、雪平鍋とともに日々活躍してくれているこのまな板。釜浅商店オリジナルですよね。重さ、刃あたりのよさ、大きさも絶妙だなと。これは、削り直しできますか?

熊澤さん
はい、削り直せます。お店には本当にいいと思えたものを厳選して置いていますが、それでもお客さまから声が上がって、理由を見出せた場合はオリジナルでつくります。

このタイプのまな板は以前からあって、海外ではよく売れていたんです。でも平凡なベージュでちょっとかっこよさが足りない、黒で出してみよう!と思って。「使ってすごくよかったし、かっこいいから」と一度購入された方が、今度は贈り物用にまた買いに来てくださるケースが多い商品です。

茂田 
熊澤さんのもう1つの愛用品、釜浅のごはん釜もオリジナル商品ですよね。

熊澤さん
ご飯を炊く鍋は、炊飯鍋や土鍋などいくつか種類がありますが、釜浅商店はもともと金物屋なのでやはり鉄、南部鉄器製の鍋にしました。家庭で使いやすいものになるよういくつか工夫を凝らしています。

まずよく釜の中でご飯が対流して…といわれますが、実際にはそこまで対流していなくて、ならばさほど深くする必要はないので普通より広く浅めのつくりに。そして、吹きこぼれてもこのつばの返しが受け止めるので、下までこぼれ落ちないようになっています。

茂田
なかなか使いこまれていそうですね。

熊澤さん
それでも2〜3年ですね。手前味噌ですけど本当においしくご飯が炊けるので、炊飯器はもう使わなくなって。子供たちもこれを使って自分でご飯を炊いています。おいしく炊けるのにはきちんとした理由があって、釜の中がねずみ色になってますよね?これが最大の工夫です。

一般的に鉄器=黒色のイメージがありますが、あれは漆や合成樹脂で塗装した色なんです。そして「鉄瓶でお湯を沸かすとまろやかになる」といわれるのは、中が未塗装でねずみ色になっている鉄瓶は水の中の不純物を吸着してくれるからで。ただ、鉄って未塗装だと錆びやすく使いにくいので、鉄瓶は仕上げるときに1000℃くらいで焼いて酸化皮膜をつくり錆止めをします。

ところが鉄鍋だとそういった仕上げをまずしないんです。でも、お米を炊くときはお水をたくさん吸わせるから、お水がおいしくなる作用があったほうがいいよね、となって。ごはん釜の内側にも酸化皮膜をつくってねずみ色に仕上げてくれるところを探してもらったところ、一件だけ見つかってようやく実現できました。

茂田
試行錯誤されたんですね。この蓋も、こだわりが感じられます。

熊澤さん
国産のサワラの木でつくってもらっていて、溝があるのがポイントです。乗せるタイプの普通のごはん釜の木の蓋は、ときが経つとどうしても反ってきちゃうんです。そうすると、蒸気が逃げやすくなる。でも内側にほんの数ミリの溝をつくってもらうことで、しっかりかぶせることができて、蒸気が逃げにくくなります。

鉄器と木の蓋、別々のところにお願いすることで理想的なものが完成したので沢山の人に使ってもらいたいのですが、入荷してもすぐ売り切れてしまって…。今は、常に1年待ちみたいな状況を何とかしようとがんばっているところです。

茂田
僕の場合、料理はもう一生ものの趣味になると確信しているので、必要になったときはずっと使い続けられるいいものを買いたい気持ちが強いし、1年でも待てます(笑)。

物を売るって、何を残していきたいか、どういう文化をつくっていかなくてはならないかの責任の話だと思うんです。そしてお客さまとメーカーは物で繋がるからこそ、いいものをつくることは大前提で。ただ売る側の立場となると、僕ら化粧品は消費財なので、真に残れるものづくりを追求できる道具の世界が羨ましいです。

熊澤さん
ただ道具も最近は使い捨てが当たり前のようになって、すぐ結果を求める風潮がありますよね。今の時代に合致した使い方も含めて、物の価値を伝えきれるようにしたいです。

買った今日より、何年か使いこんで育てていくと、もっと自分になじんで仕事をしやすい道具になる。愛着が湧いてくると、自然と手入れして大切にできる、そこまで感じてもらえるように。

茂田
誰にもいえるのは、良質な鍋を1つ買うことは、自分おいしいものをつくれるようになるという投資価値があるということ。こういう道具を買って、使って、得られる知識と経験は決して自分を裏切らないですよね。

これだと思える“良理道具”に出会えたら、それは本質的な豊かさへの扉を開く鍵。僕もまだまだこれから使い込んでいく身ですが、大事に使って道具を育てる楽しみをみなさんと共有していきたいですね。


〈愛用している道具たち〉

釜浅商店4代目店主 熊澤大介

・釜浅のごはん釜
・和包丁 白紙二号 柳出刃 210mm

OSAJI ブランドディレクター 茂田正和

・姫野作 本手打アルミ行平鍋
・庖丁にやさしいまな板 黒 大


PROFILE

熊澤大介

釜浅商店4代目店主

アンティークショップや家具店勤務などを経て、2004年より釜浅商店の4代目店主に。店のリブランディングを手掛け、創業110年を迎えた2018年には海外初店舗のパリ店をオープン。著書に『釜浅商店の「料理道具」案内』(PHP研究所)がある。


茂田正和

株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター

音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI(オサジ)』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJIkako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。202429日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/


釜浅商店

「良い道具には良い理(ことわり)がある」。明治41年の創業以来100年以上、この信念のもと、料理人や道具と真摯に向き合う料理道具専門店。日本各地の職人のもとに出向き、選びぬかれた「良理道具」たちと、それを求めるお客様との出会いを日々紡いでいる。

■住所 / 東京都台東区松が谷 2-24-1
■営業時間 / 10:00 〜 17:30
■定休日 / 年中無休(年末・年始を除く)
http://www.kama-asa.co.jp


photo:Hiroshi Takigawa
text:Kumiko Ishizuka

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