▼関谷理化株式会社 代表 関谷幸樹×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和|SPECIAL CROSS TALK
蒸留というと、理科の授業での実験を思い出す人も多いはず。身近な例では精油やお酒などが挙げられますが、蒸留してつくられたものには、どのような楽しみ方があるのでしょうか。今回は、理化学ガラス問屋としてユニークな取り組みを行う〈関谷理化株式会社〉の関谷幸樹さんに、自らも植物の蒸留を行っている茂田がお話をうかがいました。
「理化学ガラス」を活用しながら、蒸留を身近に楽しめる場をつくる。
茂田正和(以下、茂田)
関谷さんのことを知ったのは、僕がクラフトジンの香りのプロジェクトに参加していたとき。僕のまわりには、蒸留酒であるジンをつくる人たちが結構いるんですけど、「蒸留器だったらとりあえず関谷さんに相談しよう」って人が多くて。何人かに「会った方がいいよ」と言われていたんですよね。そんなときに、共通の知人のギャラリーでばったり会ったんです。そこから意気投合して。
関谷幸樹(以下、関谷さん)
僕の方もいろいろな角度から「紹介したい人がいるんだよ」って言われていました(笑)。茂田さんも家業だけでなく新しい展開をされているじゃないですか。それがすごく興味深くて。非常に刺激も受けるし、おもしろいなと思っていたんですよね。
茂田
関谷さんが蒸留の世界に入ったのはどういうきっかけで?
関谷さん
〈リカシツ〉を始めたときに、アロマが好きな人たちにもアクセスしたいなと思っていたんです。過去に、ある展示会でお客様から「シンプルな家庭用の蒸留器が欲しい」と言われていたのがずっと記憶に残っていて。調べてみると、世の中にもまだそんなに出回っていないし、これは絶対に需要があるだろうなと。それで、向かいにある店舗の〈理科室蒸留所〉も含めて、家庭用蒸留器〈リカロマ〉をつくったことがきっかけですね。
茂田
アロマ好きの人たちは、できた蒸留水をどんなふうに使うんでしょう?
関谷さん
手づくりの化粧水やルームフレグランスが多いみたいですね。コロナ禍では一時、マスクスプレーに使う人もいました。
茂田
蒸留したものは、少し寝かせた方がいい香りになるんですよね。一週間ぐらい経ってくると最初よりも馴染んで、いい感じになってきたりします。
関谷さん
たしかに。蒸留したてよりも、冷蔵庫とかにちょっと置いておく方がうまく馴染む感じはあります。
茂田
フローラルウォーターや蒸留水って、ヨーロッパあたりでは料理に使うことも多いですよね。カルパッチョにスプレーして最後に香りづけしたりとか。オイルは基本的に料理に使えないけど、蒸留水の場合はそういった楽しみ方もできる。
関谷さん
そうですね。うちではこの家庭用蒸留器を使ったワークショップを月に3回やっているんですけど、あるときから男性の参加者が増えてきたんです。なぜかと思ったら、バーテンダーをしている方が多くて。お店のカクテルをつくるときの香りを、買うんじゃなくて自分でつくりたいということで、わさびとか色んなものを蒸留していました。料理人の方も何人かいらしたと思います。あとはチョコレート職人の方も。
茂田
参加者の層は結構幅広いんですね。僕も精油の蒸留をするんですけど、群馬のみなかみ町に蒸留所があるのと、自分の実験用だとコンパクトな蒸留器とか、それこそ関谷さんにこの間入れてもらった「ロータリーエバポレーター」という真空蒸留できる機械を使ってやっています。
目的としてあるのは、化粧品原料の自給率っていうのが食と同様に大きな問題として存在していて、東南アジア圏で化粧品の需要がどんどん高まっていくと、日本に原料が回ってこなくなるんじゃないか?みたいなこともあるわけなんですよね。僕らが国内で原料を開発していくというのは、これから絶対に必要なことだと思うので、まずは手始めに、自分ができる範囲で実験的に行っている段階です。
関谷さん
なるほど。僕らの新しい取り組みとしては、クラフトジンをつくるための大型蒸留器をつくっているところです。ジンの蒸留自体は複雑なものじゃないんですけど、装置に理化学ガラスを多く使っている分、通常のものと違って蒸留しているところが見られるのが大きな特徴ですね。
すぐ近くにある〈深川蒸留所〉も来年オープン予定*です。理化学屋ならではの装置があるので、ラボラトリースペースを設けたり、テイスティングコーナーにあるカウンターのテーブルには、理化学ガラス棒を埋め込んだりしています。そこでは試飲会やイベントを兼ねながら、理化学ガラスのことをもっと知ってもらいたいなと。
*深川蒸留所
2022年の取材当時。
茂田
それは楽しみですね。ジンだったら樽熟成もいいなぁ(笑)。 ガラスって不導体だから、蒸留する上でも酸化作用とか還元作用っていうものが絶対にないし、植物の香りをそのまま取り出すっていう意味では、個人的には一番いい素材なんだろうなって思うんですよね。
関谷さん
アルコールの蒸留をするときって、例えばウイスキーとかは必ず銅じゃないですか。あれはやはり素材が銅である必要があるから?
茂田
そうですね。銅だと硫黄成分を吸着するんですよ。ステンレスに比べて酸化しやすい分、中の醸造物が酸化しにくくなるっていう犠牲酸化とか犠牲防食っていう考え方があるので。そういう理由から銅を使うことが多いんです。ただあまり時間を長くすると銅のにおいが移ってしまうので、蒸留するときにしか使えない。
関谷さん
素材によって、向き不向きがあるということですね。ちなみに、僕らが蒸留器やランプシェードみたいな商品をつくっているのは、理化学ガラスが熱に強いからなんですよ。耐熱でない限り、付加価値というものが生まれないから。
茂田
となると、調理器具としての可能性なども出てきそうですよね。例えば、ラップトップでの調理をするときに、中身が見えて調理ができるっていうプレゼンテーションは効果的。
関谷さん
ビーカーにはメモリも付いているので、日常使いするとしたら計量カップとしてもいいかなと思います。400℃ぐらいまでなら問題なく使えるので、電子レンジやオーブンであれば形が変わることなく加熱できますね。耐熱温度って絶対温度のように思われがちなんですけど、実はヒートショック(温度差)に強いことが重要なんです。「耐熱ガラス」といわれているものは、日本だと温度差120℃に耐えられるかどうか、というのが基準になってきます。
茂田
理化学機器でガラスが多く採用されているのは、中が見えて熱がかけられる唯一の素材だからですよね。
関谷さん
そうですね。耐熱性が一番大きいですね。あとは耐薬性。それからアロマ用に使う素材として良かった点は、ガラスはにおいが移りにくいということ。樹脂だと結構残りやすかったり、ステンレスは比較的残りにくいんですけど、中は見えないので。香りがあるものとガラスは相性がいいと思います。
理化学ガラス職人を元気にしたい。〈リカシツ〉から生まれる化学反応。
茂田正和(以下、茂田)
そもそも〈リカシツ〉の母体となる〈関谷理化株式会社〉は、どのように始まったのでしょうか。
関谷幸樹(以下、関谷さん)
昭和8年に僕の祖父が創業しました。当時は理化学の現場に限らず、病院に点滴用のガラスを卸したりもしていたんですが、あるときから医療現場はディスポーザブル(使い捨て)化していったので、途中から理化学ガラスに特化するようになっていきました。祖父の後を父が継いで、僕で3代目になります。
茂田
ちなみにOSAJIの母体は〈日東電化工業〉というめっき業の会社なんですけど、僕が4代目です。売り先というのは、どんなところになるんですか?
関谷さん
あくまでも問屋業なので、直接のユーザーさんというよりは業者さんですね。いわゆる理化学商社。もうひとつは、理化学ガラスでものづくりをしている職人さん。
茂田
「理化学ガラス職人」という専門職ですね。
関谷さん
はい。理化学ガラスというものは、二次加工しやすいよう最初に1500mmのガラス管(定尺)になっているんです。そのため、普通のガラスに比べて素材のコストが高い。それをバーナーで加工しながら丸めていったり、繋いだり穴を開けたりするんですけど、用途に合わせて特殊な加工する職人さんがいるんですね。要するに我々は、製品を理化学商社さんへ、ガラス素材を職人さんへ卸すっていう二軸でやっています。
茂田
なるほど。創業が昭和8年なので、来年は90周年ですね。うちの会社は昭和35年創業なので今年で62年目になりますが、「企業寿命30年説」というのがある中で、今、2回目の30年を迎えているところで。そのタイミングで、自動車のエンジン部品から化粧品業という特殊な業態変化をしたところではあるんですけど、そういう30年ごとの節目で何か感じる部分はありますか?
関谷さん
僕が家業を継いだのが2008年で、ちょうどリーマンショックのあたりなんですが、やはり商売としては底だった感じはしています。わりと景気の波を受けづらい業界なので、廃業から淘汰が進むみたいなのは遅かったんですけど。一番大きいのは少子化の影響ですね。主要な売り先が大学などの研究機関になると、生徒が減ったら先生方も当然減っていくし、機材も使わなくなると。このままではどんどん売り先が減っていくなという危機感はすごく感じていました。
茂田
そこからの〈リカシツ〉っていうのは、どういう視点から生まれたんですか。
関谷さん
最初のきっかけは、やっぱり職人さんを元気にしようと思ったんですね。最初にお話したとおり、職人さんは売り先でもあり仕入れ先でもあるから、職人さんが元気になって、職人になりたい若い人たち増えていくことが理想。だから最終製品は理化学じゃなくてもいいと思っていたんです。であれば、我々問屋がまず職人さんの新しい仕事をつくっていこうと。新しいオーダーが入ることで、縁の下の力持ちではなく、最終製品をつくっているというモチベーションにもなったらいいなというのもありました。
茂田
なるほど。
関谷さん
そこで、一番最初につくったのが 「ジガー(※現在は廃盤)」という商品。カクテルのジガーってあるじゃないですか。その耐熱ガラスバージョンみたいなものをつくって展示会に出展しました。そのときに、理化学屋がつくっていることを認識してもらおうと思って、ディスプレイ用に理化学ガラス製品をたくさん並べていたら、お客さんたちがビーカーやフラスコに興味を持ってさわり始めたんですよね。そのとき初めて、僕らにとっては日常のものでも、一般の人にとっては非日常のものなんだなと思って。それならまずは、理化学ガラス製品に身近に触れてもらって、理化学ガラス職人という存在を知ってもらうことが重要なんじゃないかと考えたんです。そうやって取り組んだもののひとつが〈リカシツ〉ですね。
茂田
そういう意味では最近、ギャラリーショップみたいなものも含めて、コンパクトビジネスをやる人が増えていますよね。でも関谷さんの場合、母体が問屋業という量のビジネスで、〈リカシツ〉がコンパクトビジネスだとしたら、相反するじゃないですか。そこには何かいいシナジーみたいなものがあるんですか?
関谷さん
うちは「SEKIYA」という自社ブランドのビーカーを出しているんですが、なかなか認知されていなかったんです。それが〈リカシツ〉を始めたことによって、自社で開発した家庭用の蒸留機を紹介できるようになり、メーカーとしての認知が上がってくると、関谷理化そのものの認知も上がってきたんですね。ここはアンテナショップというかショールーム扱いなんですけど、理化学器材を使ったディスプレイの依頼もけっこう多いです。僕らは設計士やデザイナーとお客さんとの間に入って、理化学の部分についてアドバイスするみたいな。〈リカシツ〉は企画のセクションでもあるので、さまざまな取り組みが関谷理化本体に対して非常にプラスになっていくことを期待していますし、柱としては少しずつ太くなってきている実感があります。
茂田
新しい取り組みによる職人さんとの関係性の変化とか、普段のコミュニケーションってどうされていますか?
関谷さん
うちでは「関谷理化協力会」というのがあって、職人さんたちと2ヶ月に1回食事をしたり、1年に1回1泊の旅行をしたり、2〜3年に1回2泊3日の旅行をするっていうのが祖父の代から僕の代までずっと続いているんですね。昔の職人さんは特に家族経営で裏方仕事が多い分、社員旅行みたいなものもなかったりするので。そこでは職人さんの高齢化を目の当たりにしているところもあるんですが、少しずつ若手も増えてきています。若い世代の職人さんは、僕らがやっていることに関してすごくポジティブなので、いい関係性はできてきているかな。そういった理化学ガラスの市場も少しずつできることを期待しています。
茂田
関谷さんがやっていることに勇気をもらえるのは、いずれもB to Bのビジネスで、研究機関の下請けとして理化学ガラスを納められていて、うちの場合は自動車メーカーの下請けとしてめっきした部品を納めているわけなんだけど、下請けビジネスをやっている会社ってどうしても値段ありきのビジネスだから、付加価値の向上っていうのは急務になってきているんですよね。そこを上手くいろいろなことに繋げて展開されているなあと。僕らとしても大きなテーマなので、そういう意味でも関谷さんの話を聞くとすごく勉強になる。
関谷さん
実は僕、将来的にやりたいと思っていることがあるんです。それは、理化学ガラス職人を集めた「パーク」みたいなものをつくりたいということ。職人さんは個人でやられている方が多いので、ひとつの場所に集まって仕事をすれば、当然エネルギーコストも抑えられるし、うちが素材の倉庫を併設しておけば何かとスムーズだし。理化学のガラス職人さんって、一人一人酸素ボンベを抱えながら作業しなきゃいけないので、想像以上に大変な仕事なんですよね。だから少しでも働きやすい環境になったらいいなというのもあって。それに加工場が見られるようになれば発信にもなるし、職人さんたちの働き方としてもいいんじゃないかとか。今はそんなことを考えています。
PROFILE
関谷幸樹
関谷理化株式会社 / リカシツ株式会社 代表取締役
昭和8年より続く、理化学卸問屋の三代目。「理化学+インテリア」を目指し、理化学ガラス職人の新たな可能性と市場開拓を目的としたアンテナショップ〈リカシツ〉の監修も務める。店舗への理化学器材の提供やアロマ業界向け家庭用蒸留器を開発するなど、日常の中に蒸留文化を広めている。
茂田正和
株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI(オサジ)』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香–」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/
関谷理化株式会社
理化医療用ガラスの卸業として1933年に創業し、大学や研究機関への理化学ガラス製品、ならびに機器製品の供給を行う〈関谷理化株式会社〉。自社ブランドや家庭用蒸留器の開発にも力を入れており、2015年には「理化学+インテリア」をコンセプトとしたアンテナショップ〈リカシツ〉を、2018年には〈理科室蒸留所〉をいずれも東京・清澄白河に構え、理化学ガラスの価値を幅広く提案している。
https://www.sekiyarika.com
リカシツ
■住所 / 東京都江東区平野1-9-7 深田荘102
■営業時間 / 13:00 ~ 17:00
■定休日 / 月・火・水
※HP内の休日カレンダーにて最新情報を随時更新
https://www.rikashitsu.jp
text:Haruka Inoue