▼「ねば塾」ローソープができるまで。|SPECIAL REPORT

もちもちの泡でお肌を包み込み、うるおいを残しながらすっきりとした洗い上がりを実現する「ローソープ(半熟石けん)」。これまでにないユニークな発想から生まれ、いまではOSAJIの看板商品の一つとなっていますが、その誕生秘話を語るには「ねば塾」というパートナー企業の存在が欠かせません。
ねば塾は、障がいを持ちながらも“自ら働き、その収入だけで暮らすこと”を目指し、行政からの福祉的補助金を受けずに石けんの開発・製造・販売事業を確立している有限会社。ローソープの開発段階からOSAJIと共に試行錯誤し、現在も製造を担ってくれています。
今回は、長野県に本社と製造工場を構えるねば塾を訪問。代表取締役の笠原道智さんにローソープが完成するまでの道のりや会社運営に込められた想いをうかがいました。


ローソープ誕生につながった、シンプルな「疑問」

ねば塾とOSAJIブランドディレクター 茂田正和の出会いは、OSAJIの創業前にさかのぼります。2004年に開始したスキンケアブランドで洗顔石けんを企画していた茂田に、当時の技術顧問がねば塾を紹介したことをきっかけに、ローソープ開発への道が拓かれました。

固形石けんは通常、油脂にアルカリを反応させ、石けん(脂肪酸ナトリウム)とグリセリンに分解することでつくられます。グリセリンはお肌のうるおいを保つのに欠かせない成分ですが、石けんを固めるためには取り除かなければいけません。

「固まらないから、という理由だけでグリセリンを捨てるのはもったいない。そもそも、石けんは固まっていなくちゃいけないのだろうか」

シンプルな疑問を抱いた茂田は、あえて固めず“半熟”にすることでグリセリンを活かした保湿力の高い石けんを発案しました。


完成までの道のりと、ねば塾でしか成し得ない技

しかし、完成に至るまでの道のりは試行錯誤の連続でした。

グリセリンを多く含んだローソープは生き物のように繊細で、温度や湿度のほんの少しの変化が品質に大きく影響します。膨大な数の試作を経てようやく本生産に移っても、完成間近で成分が分離してしまったり。納得のいくものができるまでには約2年もの年月を要しました。

ねば塾の現代表である笠原道智さんいわく、品質管理を担当するメンバーは特に真面目で逸脱することができないという特性を持っているそう。こうした個々の能力があったからこそ妥協のない製品に仕上げることができました。

それだけではありません。「お客様に目でも楽しんでもらいたい」という想いを込めたバイカラーの二層構造や、柔らかな形状の石けんをすくうための木ベラ(環境に配慮した脱プラスチックのスパチュラ)を本体に付けることは、通常の機械作業では不可能。実現できたのは、細かい手作業を得意とするねば塾だからこそ。

茂田は「障がい者施設だからねば塾に依頼したのではなく、自分たちが思い描く製品をつくるには、ねば塾の力が必要不可欠だった」と、当時を振り返ります。


「障がい者」「健常者」にとらわれず“共に働く場所”

もともとねば塾は、先代の笠原愼一氏が重度知的障がいを持つ2名に出会い、「世の中に出て働きたい。自分の力で生きたい」という切実な想いに触れたことをきっかけに始まりました。「ねば塾」の“ねば”は、多様な特性を持つ人が“根”をはる“場”でありたいという想いと、ハンディキャップがあっても頑張ら“ねば”、耐え“ねば”というメッセージです。当初は土木作業からスタートしましたが、同じ想いを持つ人々が徐々に集まり、石けんの製造事業へ。その裏側には、当時環境汚染が社会問題となっていたこと、そして生活必需品(消耗品)を扱えば持続可能なビジネスになり得るのではという考えがありました。

こうした歴史からも伝わってくるのは、ねば塾は「障がい者」「健常者」という概念を捨て“共に働く場所”であることを大切にしているということ。だからこそ品質に対して一切妥協せず、障がいを持つメンバーがつくっていることは製品に書いていません。純粋にいいものだから買ってもらうという在り方を目指しているのです。


今日できることは、明日やろう。無理なく楽しく続ける「仕組み」。

多様な個性を持つメンバーで運営されているからこそ、日々難しい問題にぶつかることも多いはず。それでもねば塾は離職者がほとんど出ず、20年以上働いている人もたくさんいるそうです。その秘訣を笠原さんに伺うと、ねば塾を支える2つの「塾訓」を教えてくれました。

一つ目は、「失敗は他人のせい」。これは、メンバーが萎縮せず働きやすい環境が整備できるだけでなく、問題の改善にもつながるそうです。なぜなら、人や物のせいにできることで、当事者は「自分はちゃんとやっていたけれど、この機械のボタンが間違いやすいところにあるから押してしまった」等とミスの理由を話してくれるから。その結果、原因の特定と改善がしやすくなるといいます。

そしてもう一つは、「今日できることは、明日やろう」。気負わずに、一人ひとりが自分のペースで長く働けることを大切にしているそうです。

「個性は人それぞれで、通常であれば3日で覚えられるような工程も、5年10年かかることはザラにあります。それでも、彼らの適性やルーティンに寄り添い、自らの力を発揮してもらうこと、居場所をつくれるようにすることを意識しています。(笠原さん)」

ねば塾には現在、130種類を超える製品がありますが、1ヶ月に2、3個しか売れない商品もつくり続けています。なぜなら、廃盤にすることで仕事がなくなってしまう人がいるから。こうした取り組みの積み重ねによって、ねば塾では一人ひとりが自信と責任感を持って働いており、いまでは「この人に作業してもらいたい」と企業から指名が入ることもあるそうです。

交通事故の影響で肌トラブルを起こした母のための化粧品づくりからスタートしたOSAJIと、特性を持つ人たちと共に歩むために設立されたねば塾。両者のものづくりの源泉には「人」や「環境」への想いがあります。そうした想いが共鳴して生まれたローソープだからこそ、いまも多くの方に支持されているのかもしれません。


有限会社 ねば塾

障がい者の経済的自立による“完全社会参加”を目指し、1978年に設立。「障がいがあるから」という甘えを持たず、品質にこだわった石けんの開発・製造・販売事業に取り組んでいる。ねば塾が製造する石けん「白雪の詩」は@cosme(アットコスメ)のベストコスメ大賞・洗顔料部門にて2年連続1位を獲得、殿堂入りを果たしている。また、本社に隣接するグループホームの開設・運営も行い、障がいを持つメンバーが一生涯、安心して生活できる場となっている。
https://www.neba.co.jp/


text:Akari Itoi

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