▼つめをぬるひと×ffirm youth club | SPECIAL CROSS TALK

「爪を塗ること」を通じて生まれるもの
爪を塗ることは、楽しいし面白い。指先に好きな色を纏えば、不思議と力が湧いてくるもの。ネイルはファッションや美容の延長に存在する自己表現であると同時に、セルフケアでもあり、女性にとってはエンパワーメントのシンボルのような側面もあります。
ネイルをすることで人を助けることはできないけれど、心に小さな変化をもたらすことはできるかもしれない––。爪を塗るという行為は、私たちにとってどんな意味があるのでしょうか。
今回お届けするのは、爪作家として活動する「つめをぬるひと」さんと、高校生のための創造的な学びの場を提供する「ffirm youth club(ファームユースクラブ)」の小塩 啓さん・悠さんによる対談です。
2025年2月に開催されたffirm youth club主催のワークショップ「『わたし』のお守りになる色をつめに塗ろう」では、つめをぬるひとさんが講師として参加されました。イベントの様子や企画が生まれた背景を中心に、それぞれの活動に込める想いや高校生をはじめとした若者たちとの関わり方について語り合いました。
それぞれの歩み、原体験となったエピソード。
––はじめに、みなさんのプロフィールやご活動についてお聞きしたいと思います。まずはOSAJIのネイルアレンジコンテンツでもお馴染み、つめをぬるひとさんからお願いしたいのですが、何とお呼びするのがいいでしょう?
つめをぬるひと さん
「つめさん」って呼ばれることが多いですが、何でも大丈夫です(笑)。「つめをぬるひと」という名前で活動を始めてから、10年以上が経ちました。自分の爪にネイルを塗ってSNS に投稿し始めたのが2013年で、その翌年から付け爪の制作や販売を始めたんです。爪の仕事だけで独立してからは6年目になります。

––ネイルへの興味やきっかけは何だったのでしょうか。
つめをぬるひと さん
最初はネイルや爪というパーツにそこまで興味があったわけではないんです。過去に百貨店の洋菓子店で働いていたんですけど、仕事柄ネイルもNGでした。それにクリスマスなどの繁忙期ともなると、それはもう激務で。のちに退職するのですが、仕事を辞めた翌日、緊張が解けたせいか熱が出て寝込んでしまったんです。せっかくの休み初日で遊びに行きたいのに、家から出られないという……。そんなとき手元に2、3本だけあったネイルポリッシュを自分の爪に塗ってみたら、すごく楽しかったんですよね。
––そこからネイルや爪にまつわる表現の幅が広がっていったのですね。今日のネイルも素敵です。

つめをぬるひと さん
ありがとうございます。今日はOSAJIの「Yobigoe(呼び声)」と「Menou(めのう)」を使ってアレンジしてみました。いずれも好きな色です。ネイルの表現は、音楽や映画が好きということもあって、CDジャケットや音楽番組の配信内容を爪に描いたりするのを続けていくうちに、活動の幅が少しずつ広がっていきました。
––続いて、小塩 啓さんと悠さんにお聞きします。「ffirm youth club(ファームユースクラブ)」ができた経緯について教えてください。

小塩 啓さん(以下、啓さん)
もともとは、女性の自己肯定感を育むことを目的とした「大人のための第3の居場所づくり」をテーマに活動していました。そこで今度は若者に向けた場づくりも考えていこうということで生まれたのが「ffirm youth club」です。
小塩 悠さん(以下、悠さん)
私たちが生まれ育った加賀市は人口減少が進んでいる地域でもあるんですけど、1年目は、石川県加賀市にある「公益財団法人あくるめ」の方が加賀市在住・在学の若年女性の課題解決のために基金を立ち上げ、声をかけていただきました。2年目は「公益財団法人ほくりくみらい基金」という別の団体からお声がけいただいたことをきっかけに、能登地方の高校生に向けた活動をスタートしました。
––ffirm youth clubの「ffirm(ファーム)」にはどんな意味が?
悠さん
firmは「固い」という意味なのですが、頭にfを2つ付けているのは「firm friendship(固い友情)」という私たちなりの思いがあります。
––ffirm youth club(以下、ffirm)を始める前、お二人はどのような人生を歩まれてきたのでしょうか。
啓さん
ホテルのコンシェルジュなど、私は主に接客業ですね。その前は東京で8年ほどクラブシンガーをしていました。音楽の仕事は「25歳までに食べていけるようになっていなければ辞める」と自分で目標を決めていたので、その期限がきたタイミングで転職したんです。
悠さん
私は京都の制作会社に勤務しながら、webサイト制作、映像制作、写真撮影などに関するディレクションを中心とした業務を行っていました。コロナ禍のタイミングで会社を辞めて、その後は美術大学の副手(ふくしゅ)をしていました。
啓さん
ffirmを始めたのも、それぞれが人生について考えたり、深く潜ったりしていた時期と重なっていたのも大きいと思います。それまではお互い頻繁に会うこともなかったのに、実家に戻ったタイミングで話をする機会が増えて、そこから「一緒に何かしたいね」みたいな感じになったんです。
お守りになる色を見つけて、自分自身を大切に。
––さまざまな活動を行ってきたffirmですが、今年2月に開催されたワークショップイベントのゲストがつめをぬるひとさんでした。

悠さん
イベントを企画するとき、私たちは高校生たちにアンケートを取ったりヒアリングしたりするんですけど、そこで一番話題になるのが「見た目」についてなんです。これまではヘアメイクの方による「カラーメイクのワーク」や調香師の方による「香りづくりのワーク」など、2024年度は震災の影響があった能登地方の高校生を中心に計4回行いました。
今回は、震災の被害が大きかった珠洲市在住の高校生から「ネイルをしてみたい、すごく興味がある」といったリクエストがあったり、「珠洲にはネイルの道具を買えるお店があまりない」「種類が少ない分、選択肢が限られてしまう」など、いろんな声を聞かせてもらったこともあり、ネイルをテーマにした「爪を塗るワーク」をやってみたいと思っていたんです。そこで真っ先に、つめをぬるひとさんにお願いしたい!ということでお声がけさせていただきました。
つめをぬるひと さん
参加させていただけたのは、とても貴重なありがたい機会でした。爪塗りの出店イベントは都内が多くて、地方でのイベントに参加する機会が今まであまりなかったんです。今回のワークショップイベントは、能登半島地震から1年が経ったタイミングでもありました。私は熊本出身なのですが、2016年に熊本地震が起こったときは既に関東に住んでいたので、直接的には地震を体験していません。ただ、身近な人が被災したり車中泊をしているという話は聞いていました。そのとき私は支援団体や募金先を調べて寄付をすることぐらいしかできなくて、こういうときに自分の仕事が役に立つというのは難しいことなんだろうなと思っていました。以来、爪を塗ることで誰かのためにできることはないだろうか?と自分なりに考えていたので、このたびffirmさんからお声がけいただいたことで、なんだかすごくご縁を感じたんです。
悠さん
そこからさらにご縁がつながり、つめさんがSNSで告知してくれたのがきっかけで、ありがたいことにOSAJIさんからネイルポリッシュを提供していただけることになったんですよね。ワークショップの後、参加してくれた高校生たちにプレゼントさせてもらったところ、とても喜んでいました。


啓さん
今回のワークショップは、能登に在住在学の高校生、震災の影響により転居した高校生を中心に、加賀市の高校生も参加して、計5名で行いました。当日は大雪の影響で、急遽リモートで参加してくれた子もいます。
「『わたし』のお守りになる色をつめに塗ろう」というテーマは、つめさんのアイデアです。はじめに自己紹介とおしゃべり、つめさんご自身のお話の時間があって、次に爪の塗り方についてのレクチャー、その後に好きな色を選んで好きなように爪を塗る時間、最後にフォトグラファーさんによる爪の記録写真を撮影する時間がありました。
––盛りだくさんの内容ですね。どんな内容のお話やレクチャーだったのか気になります。また、参加された高校生の感想で印象に残っていることはありますか。

つめをぬるひと さん
ネイルを塗ると日常のいろんな瞬間や場面で、自分の指先が視界に入ってくるようになるという話をしました。なかでも私が好きなのは、お風呂に入っているときの指先。メイクも落として裸の状態なのに、爪だけはかわいいじゃないですか。水の中で眺める爪はちょっと違って見えるところも楽しいんですよね。
ネイルポリッシュについては、実際に近くで買える場所を調べて共有したり、筆の使い方を工夫すればありとあらゆる模様を描くことができるということをお伝えしました。それにしても高校生の皆さん、私が話したことをすぐに吸収して取り入れてくれて、その柔軟な姿勢に感心しましたね。
悠さん
皆さん色選びからすごく真剣でしたよね。モチーフやテーマには大切にしていることや好きなものを設定してもらいましたが、友だちや家族、猫、好きな音楽のアルバムジャケット、誕生日に自分で買ったバッグなどと一人ひとりとても個性豊かでした。
つめをぬるひと さん
テーマを紙に書き出すとき、「24時間に1回はお風呂に入る」とか「世の中にはいろんな人がいる」なんて書いている子もいて、ユニークな視点だなあとか、若いのに達観していてすごいなあと思ったりしながら見ていました。
啓さん
レクチャーのあとは右手の親指の爪だけ、つめさんが一人ひとりと会話しながら描いてくださいました。それもまた高校生たちにとって大切な「お守り」になっただろうなと思います。なるべく残したいからといって、絆創膏を貼っていた子もいたんですよ。


好きなことや大切なものは、いつだって味方。



悠さん
つめさんがワークショップの最後に高校生に向けてしてくれたお話は、私自身も心に残っています。高校を卒業して進学したり就職したりすると、しんどいことが多かったり壁にぶつかったりすることもある。でもそんなときに、お守りになる色やネイルポリッシュがひとつでもあると、プラスとまではいかなくてもマイナスから0ぐらいまで気持ちを持ち上げてくれることはあるかもしれない、っていう。これもまさにお守りのような言葉ですよね。
つめをぬるひと さん
ちょっと夢がなさすぎるかもしれませんが(笑)。自分にとって大切なものや好きなことがあるっていうのは、大事な気がします。それが自己肯定感につながっていくとも思いますし。
––自己肯定感というキーワードは、ffirmの活動のテーマでもありますよね。

啓さん
そうですね。ただ高校生たちの場合、自己肯定感っていうもの自体がどんなものかを掴みきれていない子も多い気がします。なので難しく考えずにいろんなワークショップを通じて、私は私でいいんだ。自分が好きなことやかわいいって思うものを大事にしていいんだって思えるようになってもらいたいですね。
ffirmに足を運んでくれている高校生の中には、それまで一人で抱えていた悩みを打ち明けられたという子もいました。周囲がそのことを受け止めてくれたことで、親密でありながらも近すぎない、ちょうどいい距離感の関係性を結ぶことができたという話も聞いています。
悠さん
また、これは震災以降の話になりますが、親御さんや周囲の大人の価値観が変化したというケースも耳にします。お子さん側からしても、自分の考えを尊重されているというか、肯定してもらえるようになったと感じている子もいるみたいです。
––今後の予定については、いかがですか?
つめをぬるひと さん
爪と爪以外の何かっていう組み合わせで、新しいことをやっていきたいなと思っています。それから爪塗りのイベントはいろんな地域でやっていきたいですね。今後も何かご一緒できることがあればうれしいです。

啓さん
本当ですか!ぜひにです。皆さんきっとすごく楽しみにしてくれるはずです。私たちは今年、ffirmを継続するにあたっての活動資金の調達も含めて、自分たちがどこまでやれるのかということに挑戦してみたいと考えています。
悠さん
高校生たちからは「この人たちは何者なんだろう?」と思われているかもしれませんが(笑)、私たち自身もffirmを通じて多様な価値観にふれたり選択肢を広げたりしながら、誰かにとっての拠り所やちょっとした居場所でありたいと思っています。今後も新しい企画を考えていきますので、そのときはどうぞよろしくお願いします。
PROFILE
つめをぬるひと
爪作家
爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、爪にも部屋にも飾れる付け爪を制作。そのほか音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る企画や、Webでの爪にまつわるコラムの執筆など、爪をテーマに幅広く活動している。著書に『爪を塗る −無敵になれる気がする時間−』(ナツメ社)がある。
ffirm youth club
小塩啓さん・悠さん姉妹が運営する、「多感な時期を過ごす高校生のためのクラブ」。
高校生が抱えるモヤモヤに寄り添いながら、ときにはメイク、ときには調香や撮影など、さまざまな体験を通して「自己受容」や「自己表現」ができる場をつくっています。それぞれの違いや個性を受け止め合い、多様な価値観に触れられるよう、さまざまな大人たちをゲストに迎えて活動。そうした交流を通して、高校生たちが「生き方の選択肢」を広げ、受け止め、育んでいけることを目指しています。石川を拠点に、お茶を片手に語り合う「ティーパーティー」や、ネイル・カラーメイクのワークショップなど、学校とは異なる“自由な学びの場”としても機能しています。
〈 心と体を健やかにするアイテム 〉
仕事をしているとき、あるいは家で過ごしているとき。どんな瞬間が心地良いと感じるのでしょうか。日々の暮らしに欠かせない「モノ」や「コト」。なくてはならない愛用品や習慣を教えていただきました。
マグカップとブレンドティー
つめをぬるひと さん
野田夏実さんの作品が大好きで、こちらは陶器ブランド「Imustan(イムスタン)」のマグカップです。昨年12月に「つめをぬるひと」の10周年イベントを開催したのですが、そのときにも出店していただきました。このところよく飲んでいるのが「HERBSTAND TEA」の「森然/Shinzen」。クロモジをベースにブレンドしていて、キンモクセイも入っているので華やかな印象も。すごくおいしいです。
日記を書くときのボールペン
小塩 啓 さん
20代の頃から日記を書くのが習慣で、「ジェットストリーム」のボールペンを愛用しています。ペンの太さは細いほうが良くて、これは0.38ミリです。私の場合、日記は1日の終わりじゃなくて朝に書くのですが、頭の中にあることを書き出すことで整理されて、気持ちもスーッとしておだやかになれるんです。そのときの自分の字が心のバロメーターのようになっている感じですね。ちなみに、ノートにこだわりはありません(笑)。
クロッキーブックと水彩絵具
小塩 悠 さん
社会人になって暫くのあいだ、創作から離れて悶々としていたときに、「色を使って何かつくってみよう」と思い立ち2年ほど前から始めた水彩絵具のドローイングとコラージュのブックです。描いたものを切って貼り付ける作業をしているとき、頭で考えるよりも先にひたすら手を動かすという感覚的な行為がとても心地良く、私にとってセルフケアのようでもありました。イラストレーションのアカウント(@yu__doodle)では、ときどき作品を紹介しています。
text:Haruka Inoue