▼「atelierR」代表 賀川詔子さん×OSAJIブランドディレクター茂田正和×OSAJIメイクアップアーティスト後藤勇也|SPECIAL CROSS TALK

その昔、化粧は「けわい」と呼ばれ、もとは「気配」に由来していたといいます。そうしたことから、人の雰囲気や佇まいといった全体を指す言葉でもありました。ゆえに化粧とは、外見を美しく飾る表現手段であると同時に、その人が持つ魅力を引き出す行為でもあるといえるでしょう。

今回は、国内外でパーソナルメイクレッスンを展開する「atelierR」代表の賀川詔子(かがわ・のりこ)さんをゲストに迎え、OSAJIブランドディレクター茂田正和、OSAJIメイクアップアーティスト後藤勇也とともに、メイクという行為から見えてくるもの、ケアの視点から考えるメイクの可能性について語っていただきました。


メイクという行為はなぜ心にも作用するのか

賀川詔子さん(以下、賀川さん)
OSAJIとの出会いは、ポッドキャスト番組「OVER THE SUN」とのコラボ企画がきっかけでした。番組のファンでもあったのですが、企画性やユニークなマーケティングセンスにも惹かれたこと、そして茂田さんが取り組まれている「ブラインドメイク」という、視覚障がいを持つ方が、自身でフルメイクするための技術の普及活動です。

TBS Podcast『OVER THE SUN』第1弾コラボアイテム
ブラインドメイクで使用されているメイクパレット

私は徳島出身で、23歳のときに地元百貨店の美容部員としてメイクアップアーティストのキャリアをスタートしました。大阪の百貨店や異業種を経験し、デザイナーズハウスの営業などをしていた時期もありますが、「やはりメイクで人と向き合う時間が好きだ」と気づき、10年に起業しました。現在では国内5拠点(徳島・東京・大阪・福岡・沖縄)に加え、シンガポール、2026年からはシドニーでもレッスンを予定しています。

茂田正和(以下、茂田)
美容におけるレッスンというと、どうしてもサロンで施術をしてもらう形が多いですが、普段の生活に取り入れられなければ続かないわけですよね。僕が主宰している「食べる美容」という料理教室も同様で、レシピや技術よりも、“料理の考え方”を身に付けてほしいという想いが根底にあります。

僕らがやっている子どもに向けたメイクレッスン「メイクエデュケーション」も、まず「なぜメイクをするのか?」という問いからスタートします。メイクアップアーティストとして後藤くんにも協力してもらっていますが、僕自身もひじょうに気づきが多いです。ヘアセットやスタイリング、最後は撮影までするのですが、メイク前後の子どもたちの表情や行動の変化を目の当たりにすると、美容の持つ力の大きさを改めて実感します。

「Make Education Project」(2024年開催)のひと場面


「変身」ではなく、その人の個性を引き出す

茂田
これまでたくさんのレッスンをされている賀川さんに、時代や文化を超えた“美容倫理観”のようなものについてもうかがいたいです。例えば、多文化社会であるシンガポールでは、日本と違う感性や価値観を感じますか?

賀川さん
感じますね。四季がないので、日本のように「季節に合わせたメイクを」というメッセージは響きづらいです。その国の文化や背景をふまえたうえで、日本のメイク技術をローカライズすることを意識しています。

後藤勇也(以下、後藤)
海外の方は好みもはっきりしていて、ニーズも明確ですよね。

賀川さん
そうなんです。最近よく聞くのは、海外のお客様が日本に来て電車に乗ると、女性がみんなきれいにメイクしていて驚いたという話。ハレの日ではない普段のメイクが文化として存在していることに関心を持たれる方が多く、教えてほしいと言われることもあります。

茂田
日本ではメイクが日常的なものですが、海外ではハレの日だけにするということも多いですよね。そもそも日本のように「ナチュラルメイク」という概念がない場合もあります。日本のメイクは、いわゆる「変身」が目的ではなく、元々の個性の延長線上に点を置くようなイメージに近いですよね。

賀川さん
だからこそ、普段のレッスンでは、お客様が感じていることや毎日のルーティンを全部うかがってから、なぜそうなっているのかをご自身の言葉とともに組み立て直していく作業を一緒にするんです。自分で組み立て直すプロセスが自信に繋がり、お守りのような感覚も得られると思うんです。

後藤
メイクで表情が変わる瞬間に出会えるのは、メイクアップアーティスト冥利に尽きます。最近では海外の方もミニマムなメイクを求める傾向があるように感じます。茂田さんもよく、「スキンケアとメイクが融合するところ」をひとつのテーマとして追求したいと話していますが、トレンド的な動きも含め、これからのメイクはお二人が話しているような方向にシフトしていくような気がします。2026年以降「スキンケアを重視したベースメイク」メイクアップを通して肌そのものの健やかさが見えること、そしてカバー力に頼りすぎない丁寧な肌ケアというのが世界的なメイクトレンドになってきているようです。

茂田
僕が後藤くんに伝えたテーマは、隠すためのメイクから脱却しようというメッセージでもあるんです。その人の個性にどんなふうに光を当てるか。それが僕らの仕事だと思っています。


ケアの領域における、美容とメイクの可能性

後藤
冒頭にも出たブラインドメイクは、ケアとしての側面も大きいですよね。

茂田
あるときから目が見えない生活を送ることになり、外に出るのが怖くなっていた人が、ブラインドメイクによって自身でメイクをする習慣を取り戻し、再び外に出て恋愛して結婚したという話を聞いたとき、メイクや美容というものは計り知れない可能性を秘めているのだなと感じました。

ブラインドメイクを開発した大石華法さんが「メイクの所作はエレガントに、上品に」という思想を徹底しているという話を聞いたとき、僕は心から感動しました。

ブラインドメイクとの出会いは、自分がなぜ美容の仕事をやるのかという問いへの答えを教えてもらった出来事でもありました。賀川さんはケアメイク訓練士の資格をお持ちですよね。

賀川さん
はい。当初は正直「目が見えない方にメイク?」という固定概念がありました。でも、視覚障がいのある方にメイクをさせていただいたとき、喜んで笑顔になる当事者の方々や、周囲の人から「かわいい」と声をかけられてうれしそうにしている姿に、メイクが持つ希望の力を強く感じました。また、ブラインドメイクのデモンストレーションをはじめて見たときは、鏡を使わず指先の感覚だけで想像しながらメイクを仕上げる姿が本当に素晴らしく、さらなる可能性を感じて、自分でも資格を取得しました。

茂田
自分が変わるということは脳にとっても刺激だし、僕なりの解釈でいうと、変われるっていうのは希望でもある。希望が持てるということはドーパミンが出て、何事にもモチベーションが高くなる。だからメイクというのは「変われる」という感覚を伝えるツールでもあると思うんです。

賀川さん
私もそう思います。2014年頃からは化粧療法ナビゲーターとしての活動に加えて、介護用ベッドを貸し出す際のオプションとしてのメイク教室をスタートしようと考え、介護の資格を取得しました。

化粧療法の目的は、筋力のアップや可動域の拡大などを中心としたADL(日常生活動作)とQOLの向上で、メイクサービスを行うのではなく、ご自身の筋肉を動かしてもらうための“リハビリ的な要素を取り入れたメイク”です。

例えば化粧水のフタを閉めたままの状態でお渡しして、キャップをひねって開ける動作をしていただいたり、アイブロウで眉を描くときに鏡を持つお手伝いをしていただいたりとか。

茂田
心理的な影響だけでなく、身体的なアプローチも目的なのですね。コミュニケーションを取りながら行うことで、自然と脳を活性化させる。化粧療法の視点でいうと、とても理にかなっていると感じます。高齢者の方であれば、口紅をひく行為だけでも認知症の予防に役立つともいわれているし、そのくらいメイクは健康にも寄与できるものだということですね。


その人「らしさ」以前に「生き方」である

後藤
いまあらためてメイクの意味や目的を考えてみると、最終的にはシンプルなところに行き着く気がします。メイクはその方の日常に彩りを添えるものであり、それが時に一歩を踏み出すための後押しになったり、自信がついたりする。人の心を動かす力が宿っているからこそ、私たちはその瞬間を多くの方と共有したいんだと思います。

茂田
自分にとって一番大事なことにどれだけ時間を費やすか。それが究極の美容法だと思っています。時間は有限なので、何を優先するかという選択が重要になってくる。だからメイクが一番である必要はないし、人によってさまざまな有り様があっていいと思っています。

賀川さん
私のレッスンでは、メイクの技術自体というよりは理論を身につけてもらうことを大切にしています。

朝の忙しい時間でも15分以内にできるその方にあったメイクレシピを提案しているのは、オーダーメイドのセットアップを着るような感覚のメイクを何パターンか持っておくと心強いし、気持ちに余裕ができることでメイクに関わる時間以外も豊かになるからです。

茂田
その感覚は、僕にとっての料理と近いかもしれません。自分のためにつくるのではなく、誰かをもてなすときに料理をする。あくまでもコミュニケーションツールというか。最後に、今後の展開についても教えてください。

賀川さん
10年以上続けている介護施設でのメイクの取り組みを、2026年から新たな事業として立ち上げる予定です。介護士でメイクができる人ってほとんどいないので、メイクアップアーティストとしての視点から介護現場にアレンジし、まずは提供数を増やしたいと考えているんです。

後藤
私自身も、とても興味がある活動です。

賀川さん
そう言っていただけてうれしいです。もうひとつの理由としては、メイクアップアーティストとして活動している人はたくさんいるのに、活躍の場って意外と限られていることです。技術を持ちながら活躍の機会に恵まれないのはもったいない。介護の現場とアーティストをつなげ、労働力と才能を新たなマーケットにお届けするお手伝いができたらと考えています。副業できる方であれば、空いた時間にお願いすることも可能なので、マッチングという仕組みづくりができたらなと(笑)。

茂田
それは良いアイデアですね。すごく需要もありそうですし。ケアメイクの分野はもちろん、「メイクエデュケーション」でもご一緒できたらうれしいです。今日はありがとうございました。

後藤
貴重なお話を本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

賀川さん
こちらこそありがとうございました。私自身も引き続き、メイクの可能性を追求していきたいと思っています。


PROFILE

賀川詔子

株式会社R 代表取締役 / メイクアップアーティスト

国内外で展開するパーソナルメイクレッスンの講師を務め、コスメの組み合わせや使い方を「世界にひとつのメイクレシピ」として提案。2014年からは化粧療法のノウハウを取り入れた介護施設でのメイクレッスンも行っている。
https://www.atelier-r-make.com/


後藤勇也

OSAJI メイクアップアーティスト

多数のメイクブランドでのメイクアップアーティスト経験を経て、2020年より「OSAJI」 に入社。社内外のイベントでのデモンストレーションやスタッフの育成に取り組んでいる。OSAJIらしい、その人自身の魅力を惹きたてながら寄り添うメイクが好評。


茂田正和

株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター

音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI(オサジ)』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJIkako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。202429日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/


〈 心と体を健やかにするアイテム 〉

仕事をしているとき、あるいは家で過ごしているとき。どんな瞬間が心地良いと感じるのでしょうか。日々の暮らしに欠かせない「モノ」や「コト」。なくてはならない愛用品や習慣を教えていただきました。

RIMOWAのスーツケース

元々はひと回り小さいサイズを使っていたのですが、海外でのメイクレッスンが始まるタイミングで、母が応援の意味も込めてということでプレゼントしてくれたんです。出張が多いのでいつもこのスーツケースと一緒に移動していて、今では完全に相棒です。スーツケースの良いところは、容量が決まっているところ。無駄な荷物を持たなくなるので、そのぶん家での暮らしもシンプルになった気がします。


書道セット&お灸

書道は子どもの頃に習っていたのですが、大人になってから再開したんです。普段の生活ってノイジーだったりするじゃないですか。メディテーションにも近い感覚で1時間ぐらい集中してやると、すっきりして整う感じがあるんです。

もうひとつの「おめぐり灸」は、鍼灸サロンオリジナルのよもぎのお灸です。ちょっと肩が凝ってきたなと感じたときや、アトリエで休憩するときこのお灸を使っています。お灸は弘法大師が中国から日本に広めた文化があるのですが、お灸をしながらお遍路を巡っていたそうで、そういったストーリーから生まれた商品だと聞きました。


photo:Mitsugu Uehara(対談)
text:Haruka Inoue

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