mitosaya 蒸留家 江口宏志さん×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和|SPECIAL CROSS TALK〈後編〉

mitosaya 蒸留家 江口宏志さん
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OSAJI ブランドディレクター 茂田正和

お酒は、ただ飲んでおいしいだけではない。人や自然、土地とのつながりを感じられるなど、さまざまな可能性を秘めています。今回も前編に引き続き、千葉の大多喜町にある蒸溜所〈mitosaya〉の蒸留家・江口宏志さんと、お酒好きな〈OSAJI〉ブランドディレクター 茂田正和による、対談の様子をお届け。後編ではお酒と人の関係性や、2人がこれから挑戦したいことについて語らいます。


▶︎mitosaya…

千葉県夷隅郡大多喜町にある蒸留所。自社で栽培する果樹や薬草・ハーブ、全国の信頼できるパートナーたちのつくる豊かな恵みを使い、発酵や蒸留という技術を用いてものづくりを行う。“自然からの小さな発見を形にする”をモットーに、これまでに160種を超える蒸留酒、季節の恵みを閉じ込めた加工品、プロダクトなどをリリース。
https://mitosaya.com

おいしいお酒は
優秀なコミュニケーションツール

江口宏志(以下、江口) 僕はmitosayaを始める前、南ドイツの田舎町にある蒸留所でお酒づくりを学びました。その蒸留所も家族で果物やハーブを育てながらお酒をつくっている場所で。食後は仲間たちと、自分たちで仕込んだお酒を10種類ぐらい飲み比べながら、ああだこうだ話すことがあるのですが、僕はその時間がとっても楽しくて。自然の恵みを凝縮して味わえることの豊かさも、量産されているお酒では味わえない貴重な経験だなとつくづく感じていました。mitosayaを始めるとき、こういう体験がつくれる場所にしたいと思ったんです。

茂田正和(以下、茂田) なるほど。僕は料理をつくることも好きなのですが、料理ってあくまでもそこにいる人同士の話のきっかけとか、話の温度感が変わるきっかけなど、触媒となるものだと思っていて。その感覚にも近しいかもしれませんね。今はノンアルコール飲料もたくさん増えてきていますが、改めてお酒の価値や魅力って江口さんは何だと思いますか?

江口 ただ酔っぱらいたいだけならなんでもいいわけですよね。お酒を通じて生まれる人との繋がりやコミュニケーションの部分にも楽しみがあるように思います。

茂田 そうですよね。ただごはんを食べるだけではなく、お酒を飲むことってやっぱり特別ですよね。人と人って、しっかりした面しか見えていないとどうしても距離を感じてしまう。普段厳しいことを指摘したり、仕事がバリバリできる人でも、一緒にお酒を飲んでみると“ダメさ”が見えてきて、なんだか仕事がしやすくなったりしますよね。楽しみ方によってお酒って人間味を感じられる、優秀なツールだなと思います。

土地に根付いて、
自分たちらしさを表現する

茂田 江口さんは今後やってみたいことってありますか?

江口 少し興味があるのは、場づくりについて。友人が軽井沢の隣町・御代田町というマイナーな土地で、駅前の廃屋をリノベーションし、1階をカフェ、2階をゲストハウスとして運営していて。この前、そこでmitosayaのイベントをやらせてもらったのですが、近隣の住人からわざわざ来てくれる人までいて、すごく盛り上がりました。僕らも縁もゆかりもないこの大多喜町にきて早6年。場所も、人とのつながりも徐々に増えてきたなかで、これからはもっと気軽に来てもらえる場所にしたいなと思っています。

茂田 場所をつくるというのは時間がかかることですが、やっぱりいいですよね。集落をつくるぐらい大きくなったりして。

江口 そんな大層なことはできませんけどね(笑)。例えば、うちの薬草園の周りって、山に囲まれているのですが、とても気持ちのいいハイキングコースがあるんです。でも数年前に大きな台風があって、木が倒れたり土砂崩れがあって人が入らない山になってしまった。僕たちは犬の散歩でよく歩いていて、本当に最高な場所だなと思っているのですが。その山ひとつとっても、みんなが歩けばもっと良い場所になると思っているので、たくさんの人に知ってもらいたいなと。大多喜には、大多喜城というお城があったり、キャンプ場や小さな川も流れていて、自然豊かでいい場所なんです。

mitosayaも「あそこに行けばなにかおいしいものがあるみたい!」と思ってもらえる、地元のスポットのひとつになれたらいいな。

茂田 僕も群馬のみなかみ町に拠点を持っていて、なにかできないかなとちょうど考えているところなんです。先日、アートギャラリーのレセプションパーティーを訪ねにバンコクへ行ったんですが、そこで聞いた地元のDJミュージックがとてもローカリティがあって、わざわざここまできて聞く価値があるなと思ったんです。それはタイの民族楽器を使っているとかでもなく、曲のセレクトのなかに、まったく聞いたことのないニュアンスを感じたんです。自分が日本で化粧品をつくるならどこかで日本のローカリティを匂わせたいと思ったんですよね。

日本の化粧品は、西洋文化をオマージュしているものが多くて、意外と日本のアイデンティティを持っているものが少ない。「日本の香りってなんだろう」と突き詰めていくなかで、今の僕が思うのは結局、木の香りかなと。みなかみといえば、杉、ヒノキ、ヒバ、クロモジなど樹木が有名で、それをどう面白く使っていけるかを考えています。

江口 お酒もどんなに本場に近づけようとしても、どうしても滲み出てくる自分たちらしさがあるんです。「俺が世の中にないものをつくるんだ!」と気張るのではなく、結果的に「他にはないね」というぐらいのクリエイティビティがいいなと僕は思っています。日々、いろんなお酒を真似してつくるのですが、絶対一緒にはならないんですよね。お客様もそこで僕たちらしさを楽しんでくれていたらうれしいです。

ものをつくるということは、そのものがいろんな場所に行き、僕たちのことを伝えてくれるということ。それが面白いですよね。

江口さんが〈mitosaya〉を始めた経緯と、フードロスについて…

〈PROFILE〉

江口宏志
蒸留家/mitosaya株式会社 代表取締役

2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープン。2009年より「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げ・運営に携わり、2015年に蒸留家に転身。2018年、千葉県大多喜町にあった元薬草園を改修し、果物や植物を原料とする蒸留酒(オー・ド・ヴィー)を製造する「mitosaya薬草園蒸留所」をオープン。千葉県鴨川市でハーブやエディブルフラワーの栽培等を行う農業法人「苗目」にも携わる。

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茂田正和
株式会社OSAJI 代表取締役

音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。

〈mitosaya〉

住所:千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486
https://mitosaya.com

photo:Mitsugu Uehara
text:Runa Kitai