2024.2.11

一般社団法人 日本ケアメイク協会理事長 山岸加奈子さん|SPECIAL INTERVIEW

一般社団法人 日本ケアメイク協会
理事長 山岸加奈子

2017年、視覚障がい者のためのメイク技法“ブラインドメイク”に出会って衝撃を受けたOSAJIディレクター 茂田正和。すぐにこのメイク技法を美容関係者に紹介する場を設け、2020年には「日本ケアメイク協会」の副理事にも着任しました。今回は、視覚障がいの当事者であり、協会理事長を務める山岸加奈子さんに、ブラインドメイクによって変化した心と暮らしについてお話いただきました。


▶︎ブラインドメイク…
視覚障がい者にとって、お化粧がクオリティ・オブ・ライフの向上に役立つことに着目した大石華法 氏(公益社団法人 国際化粧療法協会会長)が、2010年に考案した化粧療法のひとつ。使いやすい化粧品の選び方、左右対称な手指の使い方や身近なツールの使い方を習得することによって、ベースからポイントまで鏡を見ずに自力でフルメイクを完成することが出来る技法。

▶︎一般社団法人日本ケアメイク協会…
ブラインドメイクの普及とともに、視覚障がい者への理解を広め、心のケアまで行うことを目的とし、2010年のメイク技法誕生から10周年の節目である2020年に設立。「お化粧は、社会生活を彩り豊かにする技術として、すべての人にとって開かれるべきもの」という理念のもと、ブラインドメイクが国内だけでなく世界においても、当然の社会生活技術となるよう活動している。
https://caremake.jp/


見えなくても、自分の力で美しくメイクを仕上げられたら。

元々は見える生活を送っていた山岸さん。大学卒業の頃に全盲となるも、トロンボーンの演奏家としてステージに立つようになったことからプロにメイクをしてもらう機会も多く、視覚障がいの当事者としてはメイクとの距離がわりと近いほうでした。

「大学生まではメイクをした自分の顔というのを見ていたし知ってもいたので、見えなくなってからは母親に教えてもらったやり方でメイクをしてました。『このやり方でどんな風に色がついているのかな?』という気持ちはありながらも『社会人だし身だしなみとして…』という感じで続けていたのですが、ある時、知り合いに『花粉症だったっけ?』と言われたんです。そうではなかったので聞いてみると、左側のまぶたにだけメイクで赤い色がついてしまっていたんです。

そんなこともあって自分でするメイクに自信が持てなくなっていたところ、テレビの番組でブラインドメイクが紹介されていたことを知りました。すぐにホームページを読み込み、自力でこんな風にできる方法があるのかと驚きました。特にマスカラやビューラーは自分での仕上げは難しいだろうと諦めていたのが、デモンストレーション動画を見ていただければわかると思いますが、ブラインドメイクなら可能と知って嬉しくなりました」


ブラインドメイクによって開いた、新たなステージの扉。

2016年、ブラインドメイクの技法をきちんと習いたいと協会に問い合わせた山岸さん。最初は地元の神奈川県にブラインドメイクをレクチャーできる化粧訓練士が誕生するのを待っていたそうですが、最終的には盲導犬のアリエルと共に単身で当時の協会の本拠地である名古屋へ。ブラインドメイク考案者の大石華法先生を訪ねることを決意したそうです。

「人生で初めての1泊のひとり旅。大冒険でした。名古屋に着くまでの道中の過ごし方などに不安がないわけではなかったのですが、ついにブラインドメイクを習えることが楽しみで。本来ブラインドメイクの講習は、洗顔の仕方から始まることもあって1日2時間程度の講習を何回かに受けて習得していくものですが、私の場合は2日間かけてみっちり10時間の集中講座(笑)。実際、自分のものにするまでに数ヶ月はかかりましたが、ブラインドメイクは指先の感覚を使って行うので、肌もどんどん変わってメイクのりも良くなり、新しい体験を通じて自信を持てなかったことが取り払われ、大変というよりはわくわく感のほうが大きかったですね」

現在、日本ケアメイク協会に所属している化粧訓練士は全国に50名ほど。医師、看護師、視能訓練士などの医療従事者だけでなく、介護士、エステシャンや美容師も在籍*し、ブラインドメイクの指導、化粧品選びの同行サポートなどを行っています。また、コロナ禍を機にオンラインでブラインドメイクを指導する認定化粧訓練士を育成、zoomレッスンも可能になりました。

デモンストレーションやレッスンでも使用しているメイクパレットは、視覚に障がいを持つ女性たちでアイデアを出し合い、すべての人が快適に使えるユニバーサルデザイン(UD)性にこだわって設計されています。

*医療従事者以外については、同行援護従業者研修を修了。

視覚障がい者と売り場の架け橋となる化粧指導員の誕生。

「ブラインドメイクのレッスンは、ご自身が使いた化粧品を使って受けることも可能です。お化粧自体が未経験な方は、リップ、グロス、アイシャドウ、アイブロウ、チークがクロックポジション(時計の配置)でセットされているこのパレットを活用すると、とても取り組みやすいと思います。

化粧訓練士は、ブラインドメイクのレッスン後もフォローアップやお化粧品のお買い物同行を務めたりと、信頼関係を築いて当事者の人生に寄り添っていく存在です。ただ、全てマンツーマンでの対応なので料金も発生します。日本ケアメイク協会は、一般の方にもブラインドメイクの意義を伝え、化粧訓練士になりたいと思う人を増やすべく活動していますが、やはりハードルが高いと感じ踏み出せずにいる方も多いです。

そこで、この秋からはよりブラインドメイクに気軽に接してもらえる機会を広げるべく“化粧指導員”の育成を始めます。化粧品の販売店の方に講習を受けていただいて化粧指導員となっていただくことで、化粧訓練士に同行をお願いせずとも、その場でブラインドメイクでの使い方を教わることが可能になります」

そのほか化粧指導員の役割としては、山岸さんのように途中で視力を失い白杖の使い方などの生活訓練をするために眼科のロービジョン外来や生活訓練施設へ通う方に向けて、スキンケアやメイクの指導をする活動も予定しているそう。


現在とこれから、必要とされているのはどんなサポート?

「見えないのにどうしてメイクをするの?と思う方もいるかもしれませんが、やはり女性が外出をしようという時、顔というのは大事なところ。たとえ1人で歩いていても『今日の私はダメなんだろうな…』と下を向いてしまうのと、顔を上げていきいきと歩いているのとでは、与える印象も変わりますよね。ブラインドメイクをするようになって、外出時に声をかけていただくことは確かに増えましたし、それによって私は人に会うことがとても楽しくなりました。

少し前に結婚したのですが、夫と出会ったきっかけもブラインドメイク仲間の縁です。どちらかというと恋愛にはあまり積極的でなかった自分がメイクによってそういった気持ちを持てるようになり、最近は色への興味もさらに増して、服やメイクの色、季節に合わせてネイルサロンでジェルネイルをお願いするようにもなりました」

ブラインドメイクは、鏡を使わずに美しいフルメイクを完成することができるため、目が見える人にも多くの気づきをもたらす画期的な技法です。山岸さんは、現在も演奏家として盲導犬のアリエルを連れて各地のステージに立っていますが、その根底には、生活を彩り豊かにしてくれたブラインドメイクのことを伝え広めたい、そして視覚障がい者が抱えている問題についても知ってもらいたいという想いがあります。その問題とは、1つは視覚障がい者の雇用について、もう1つは盲導犬の不足についてです。

「ほかの障がいを持つ方と比較して視覚障がい者の雇用はかなり少ないのですが、聴覚をはじめ感覚をフルに使って私たちにも出来ることはいろいろあります。その点でも、盲導犬がいると当事者はより積極的に社会参加出来るようになるのですが、現在の盲導犬の数は国内に1000頭もいない状況です。私も申し込んでから3年待ちましたし、盲導犬は10年前後での引退が決まっています。盲導犬とブラインドメイクに出会えたことで上を向いて歩けるようになった私としては、この現状を1人でも多くの方に伝えていきたいです」

見える人に望まれるのはどのようなサポートか最後にお聞きしました。

「よく聞かれる質問なのですが、『大丈夫ですか?』と声をかけられた場合、反射的に『大丈夫です』と答えてしまうことが多いんです。なので、迷っていたり困っていそうな様子を見かけた時には『何かお手伝いしましょうか?』とか『何かお困りですか?』といった声をかけて頂けると、こちらも具体的にお伝えしやすく助かります」

〈PROFILE〉

山岸加奈子
一般社団法人日本ケアメイク協会 理事長

昭和音楽大学(弦・管・打楽器部門)を首席で卒業後、プロのトロンボーン演奏者(アーティスト名は旧姓の鈴木加奈子)に。2枚のソロアルバムをリリース、ドキュメンタリー番組、映画、CMへの出演、テレビ番組への楽曲提供なども行う。生まれつき視覚にハンディがあり、現在は盲導犬のアリエルと共に演奏家として、また音楽教室の講師やブラインドメイクの講師としても積極的に活動。2017年に出版された『ブラインドメイク物語』(メディカ出版)では自身の人生についての執筆も。

Photo:Wakako Kikuchi
Text:Kumiko Ishizuka