▼株式会社ADX 代表 安齋好太郎さん×OSAJI ブランドディレクター茂田正和|SPECIAL CROSS TALK
今、ここから。森を想い、多様性を考える。
日々の暮らしの中で、木の香りに癒やされることも、森の中で美しい景色に心動かされる瞬間も、すべては自然とつながっています。自然について考えるとき、環境問題を語るのはごく普通のこと。一方で、知っているようで知らないがゆえに、何から考えればいいのかわからなかったり、どこか他人ごとのように感じてしまったりすることも。とはいえ、森や自然の存在なしには生きられない私たち。
今回は、森の機能や役割、その魅力について、株式会社ADX代表の安齋好太郎さんにお話をうかがいました。
森と建築。根っこの部分はつながっている。
茂田正和(以下、茂田)
僕にとって、安齋さんは森の博士であり、環境や自然について教えてくれる先生のような存在。これまで多くの人に話を聞いてきたけれど、個人的には安齋さんの話が一番わかりやすく納得しているんです。何をどう考えるべきかが明解で、いつも頭の中がちゃんと整理されるというか。
安齋好太郎さん(以下、安齋さん)
それはうれしいです。ありがとうございます。
茂田
あらためてお話をうかがいたいと思ったのは、ものづくりをする立場である僕らにとって、環境問題を考えることは不可欠であると同時に、生活者である自分たちのためでもあるということが大前提としてあります。一方で、自然や環境といった言葉のように主語が大きくなると、果てしなく難しい問題のように思えてきて、じゃあいったい自分は何をすれば良いんだろう?とわからなくなってしまって結局何もしない、みたいな人も多い気がしていて。
安齋さん
うん。それはあるでしょうね。
茂田
日本の場合、環境問題への意識やリテラシーの低さが問題でもあると思います。なのでまずは、一人ひとりが視野を広げることも大事かなと。そこで、興味の入り口を見つけられるようなきっかけやヒントを得られる機会があるといいなと思った次第です。というわけで、今日はいろいろなお話をお聞きできたらと思っています。
安齋さん
僕が伝えられることであればぜひに。よろしくお願いします。
茂田
まずはADXが掲げる「森と生きる。」というテーマについて、教えていただけますか?
安齋さん
僕は祖父の代から続く木造建築一筋の工務店の3代目で、24年前にADXを創業し今に至ります。そもそも建築の構造には、鉄、RC、木造と大きく3つあり、日本人にとって1番身近なのが木造。唯一素材自体が生きていて、人間が育てられるのが木なんですよね。僕らが目指す建築を具体的に落とし込んでいくと、森という大きな存在は避けて通れません。森を守り育てるということは、そんなふうに当たり前のことから始まっていったんです。
茂田
ものづくりにおいて、原料や素材は欠かせないものですし、当然ながらその環境も重要ですよね。どのようにして森への知識や理解を深めていったんでしょう。
安齋さん
初めは木の種類を覚えて、次にその魅力を見つける練習をしました。そうするとだんだん森に興味を持つようになって、環境のことも考えるようになるわけです。「木を見て森を見ず」じゃないですけど、俯瞰してみて初めて「森=木」だけではないことにも気付くというか。森を資源として使っていくのであれば、ちゃんと維持しながら循環させることによって、あらゆる生き物たちの居場所を作るのも重要なことだと思っています。
木の価値を高め、森に手を入れ続けるということ。
茂田
木造建築って、ずっと昔からあるじゃないですか。近代に入ってからバランスを崩している部分だったり、その原因ってあったりするんですか?
安齋さん
よくいわれるのが、戦時中から戦後にかけての拡大増林政策*ですね。かつては炭や薪が主流だったから、クヌギやナラみたいな広葉樹を植えて、切って、活用することで適度に森の環境が保たれていたんです。それが次第に石炭や石油へと変わり、建材として価値の高いスギやヒノキのような針葉樹の需要が大きくなっていった結果、当時植えられたそれらの木々が未だ大量に残っていて、使われずに放置されてしまっている。
何が問題かというと、針葉樹をたくさん植えたことが悪いのではなく、植えるだけ植えて放置してしまったということなんですよね。
*拡大造林政策
軍需物資や復興のため、戦中・戦後にかけて大量に広葉樹を伐採し、建築用木材としての経済的価値が高いスギやヒノキなどの針葉樹を植林する政策。
茂田
なるほど。それによって需要と供給のバランスが完全に崩れてしまったという。僕らの教育をたどってくると、森林伐採は良くないっていうイメージがあると思うんですけど、一方で「間伐材*」は積極的に使って良いっていうじゃないですか。間伐材を使うことのメリットや森が循環するシステムについて、あらためて教えてもらいたいです。
*間伐材
森林は、国土の保全・水源の涵養・地球温暖化の防止・生物多様性の保全・木材等の林産物供給などの多面的機能を有していることから、将来にわたりその機能を効果的に発揮させるため、間伐により健全な森林を育てている。間伐材とは、森林の成長過程に伴い密集化する立木を抜き伐る家庭で発生する木材のこと。
安齋さん
最終的にどんな森にしたいかに合わせて木を正しく間引くということなので、そのゴールも人それぞれです。生物多様性の森を作りたい人もいれば、経済資源の森を作りたい人もいるだろうし。前者であれば、木を間伐し光を取り入れることでより多くの種類の植物が芽吹くようにしたり、後者の間伐の場合、小さい木を成長させるために隣の木を切ってあげて、大きくすることで価値を上げるといった経済的な目的があります。
茂田
ひとことで「間伐」といっても、それぞれ異なる意味が存在するんですね。それから木というのは、ある程度の年数が経過するとCO2を吸収しなくなるっていいますよね。目安としてはどのぐらいなんでしょうか?
安齋さん
スギの寿命が400年から500年前後だとすると、そのうち40年から60年ぐらいといわれていて、人間でいうと20代ぐらいまでのイメージです。若いときは腹ペコでいっぱい食べるのに、歳をとるとそんなに食べられなくなるみたいな話と同じで(笑)。
茂田
わかります(笑)。ちなみに、CO2を吸収する量が少なくなった木を有効に間伐するという考え方もありますか?
安齋さん
炭素固定*の話でいえば、そうですね。ただ森における木の炭素固定って、実はそんな高くないんですよ。多くの人が持っている共通認識として、「森は二酸化炭素を吸収してくれている」というのがあると思うんですけど。1年間のうちに排出される日本のCO2量を国土の7割ある森林資源で全部吸収したとしても28分の1程度なので、そこまでインパクトは大きくないんですね。かといって、森が健全だとしても人間が今の生活を続けて良いかといえばとんでもないことで、僕らは木を生業としているので、最初の作る工程から最後の壊す工程まで、なるべくCO2を出さないような仕組みを考えることが「作る責任」だと思っています。
*炭素固定
木材の炭素固定効果とは、大気中から吸収された二酸化炭素が光合成を行うことにより炭素として樹木に取り込まれ、樹木が伐採されて木材・木製品に加工されたあとも、木材に炭素が固定されたままでいる機能。
目的地への「最適ルート」と合理性の概念。
茂田
生物多様性が失われるっていうのは、デメリットしかないですよね。多様性を取り戻すことの意義について、安齋さんはどのように考えていますか。
安齋さん
僕自身の話でいうと、単純に自分の遊び場がなくなるのが嫌なんです。それは単一林というよりは原生林みたいな、いろんな木や植物や生物がいるところ。たとえば歩きながらグミの実を食べられたり、キノコが採れたり、マムシグサみたいな毒を持った植物に遭遇したり…。僕にとって森とか山っていうのは、好奇心やいたずら心を掻き立てる格好の遊び場。生物多様性がある森は、植物にしても虫や動物にしても本当にいろいろなので、一言でいうと楽しい。
茂田
僕も生まれが群馬で、子どものころは森の中に基地を作って遊んだりしていたのでよくわかります。今、高崎の街中から少し離れた山の近くと東京を行ったりきたりしながらの2拠点生活なんですが、自然が大事だなんてだれでもわかることだと思いながらも、都市での生活が長いとわからなくなってしまうのかも、と思うことがあります。
安齋さん
ありますよね。僕も月に数回は自然の中に没入しないとしんどくなってしまうタイプなんですけど、ずっと自然の中に居続けなさいっていわれたら、それはそれでしんどい(笑)。要は、同じ場所に居続けることへの不安感みたいなものなのかも。
茂田
比較するものがあって初めて互いの良さと大切さがわかるんですよね。
安齋さん
そうそう。だから何においても両者あっていいんです。全部同じではつまらないし、新しいアイデアも生まれないから。これは考え方についても同じだと思っています。たとえば目的地までの移動をどう捉えるか?というときに、ナビゲーションアプリは最短ルートを推奨するじゃないですか。ただ、ちょっと迂回してでも緑のあるところを歩いていきたいと思う人もいるかもしれない。
茂田
目的地まで何分って出るけど、それっていかに早く効率的に辿り着けるかっていうことを多くの人が求めるからこそ導き出されたわけですもんね。本来、何が良いかなんて人それぞれ違うのに。
安齋さん
そういうことなんですよ。だから数年後、あるいは数十年後は「あなたに1番最適なルートはこれです」って、めちゃくちゃ遠回りだけど気持ちの良い公園を通るルートや、自然を感じながら歩けるルートを提案されるようになったらおもしろい。何でも変化することを前提として理解していれば、時代の流れに振り回されることもないし。絶対こうじゃないといけないって決めちゃうと自分を追い込んじゃうから、今はこれを楽しんでいこうみたいな柔軟性があってもいいですよね。
森から学ぶ、多様性についてのはなし。
茂田
多様性について話すとき、森はすごく良い例ですよね。いろんな考え方のベースにもなるし、社会問題を考えるうえでも鍵になるような気がします。
安齋さん
本当に。経済、社会、組織、あらゆる話につながってきますよね。会社だってそうじゃないですか。多様性のある会社ってどういうもの?って考えたとき、全員がスギでエリートツリー集団かっていうと全然そうじゃない。寡黙なブナの木がいてもいいし、全然働かないナマケモノや気持ち悪いムカデがいてもいい。それらが集まることで、その森に対する最良の選択が生まれるのが多様性であり、そこから豊かな土やきれいな空気や水が生まれてくるわけですから。
茂田
確かにそうですね。それが豊かな森でもあると。
安齋さん
ええ。ちなみに、多くの人にとって「豊かな森」は、植物が元気に生い茂っているイメージがあると思うんですけど、生物学的にはちょっと違うんです。生きている状態の多様な木々が8割、残りの2割は死んでいる状態ぐらいがちょうどいいんです。そうじゃないと森が循環しないんですよ。芽吹いたばかりの若い木もいれば、倒れてしまいそうな老木もいる。あらゆるものが混在している状態こそが豊かな森だといえます。
茂田
地球温暖化の問題は前提として、森の多様性が失われると災害も起こりやすくなりますしね。洪水にしても山火事にしても。
安齋さん
まさにその通りです。林業の話でいうと、木を切ることみたいになりがちなんですけど、一番重要な目的は災害防止なんですよ。木を植えることで土砂崩れを防いだり、川に土が流れないようにすることで氾濫を防いだりしているんです。だから林業を担う人は僕らの生命維持装置である森を守り、メンテナンスしてくれているということなんです。
茂田
冒頭で「作る責任」というお話を聞いたとき、オフィスの壁にある「つくれないものをデザインしてはならない」という言葉が目に留まりました。最後に、安齋さんが仕事を通じて考えていることを聞いてみたいです。
安齋さん
これはジャン・プルーヴェというフランスの有名な建築家でありデザイナーの言葉です。僕らのものづくりは、ものを作って維持して最後に解体するところまで考えているので、50年、60年先を見据えて図面を描くんですね。そこで木という素材をどうやって活かすことができるかというアクションプランまで考えています。たとえば焼却するだけではなく合板の材料としてカスケード利用*するとか。
*カスケード利用
木材を建材等の資材として利用した後、ボードや紙等としての再利用を経て、最終段階では燃料として利用すること。
茂田
プラスチックでいうところのアップサイクルみたいな発想ですか。
安齋さん
そうですね。僕はこのADXという会社を始めるとき、レストランでいうシェフのような集団が集まった設計事務所であり施工会社でありたいっていうのがベースにあったんです。
レシピも料理も両方作れるのがシェフじゃないですか。自分たちの頭に描いたものを、自分たちの手で作るチームを作ろうぜっていうのが始まりです。その中で、洋食も中華も作れて寿司も握れるみたいなマルチな料理人を良しといってくれる人がいるとすれば、僕らは寿司しか握れない職人になろうと思った。しかもカウンターの寿司屋限定。そうすればネタのことも把握できるし、この魚はどこで獲れたみたいに、この木材がどんなものかっていうのもちゃんと語れるようになるんじゃないかなって。丁寧な仕事、鱗を取るとか包丁の入れ方によって味が変わるみたいに、こうやって加工すれば木材の価値が上がるんだっていうのを見せたかったんです。
茂田
寿司1貫の適正価格というのも体験しながら理解できるというわけですね。
安齋さん
それもありますよね。木の良さに価値をつけて体験してもらうことで、森のことに興味を持ったり、おもしろいな、すごいなって思ってくれたりする人を増やすことが、僕らの仕事だとも思っています。
PROFILE
安齋好太郎
株式会社ADX 代表取締役 / ウッドクリエーター
1977年福島県二本松市にて、祖父の代から続く安斎建設工業の3代目として生まれる。自然と共生するサスティナブルな建築を目指し、2006年にADX(旧Life style工房)を創業。木の特色を活かし、木の新しい可能性を追求したダイナミックな建築を得意とする。幼い頃から木に触れて育ったことから木材・木造建築に造詣が深いことで知られ、Wood Creatorとして国内外の大学や企業で講演活動を行う。登山がライフワーク。
茂田正和
株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。
https://shigetanoreizouko.com/
株式会社ADX
安齋好太郎率いる建築チーム。「森と生きる。」をフィロソフィーとし、自然と共生する建築を最重視し、自然に戻しやすい素材だけを使う工夫や建材のトレーサビリティの設計、さらには建築が増えるほど森が豊かになっていくリジェネラティヴな環境再生型の事業展開を目指す。近年の代表作は、「五浦の家」「One year project」「SANU 2nd Home」「KITOKI」など。また、“地球を冒険する”をコンセプトに掲げる新たな建築プラットフォーム「EARTH WALKER」を発表。
https://adx.jp
https://earth-walker.jp/
text:Haruka Inoue