▼土田酒造 6代目蔵元 土田祐士さん / 杜氏 星野元希さん×OSAJI ブランドディレクター 茂田正和 | SPECIAL CROSS TALK

料理とお酒を愛するOSAJIブランドディレクター 茂田正和が、プライベートでも何度か訪れている「土田酒造」。従来の酒づくりを見直し、原点に立ち返ることで生まれた独自のスタイルとは。今回は、群馬県に拠点を構える土田酒造で、ものづくりや食について話題が尽きない3人が語り合います。


日本酒の多様性を生み出す、プリミティブな酒づくり。

茂田(以下、茂田)
飲食業の友人に贈りものをするときに、土田酒造さんのお酒を持って行くと必ず喜ばれるんですよ。僕の中では、こだわりを持っている料理店やおもしろい酒屋さんに限って、土田さんのお酒を扱っている印象があります。

土田祐士さん(以下、土田さん)
うれしいです。選んでいただけて光栄です。

茂田
贅沢な使い方ですが『シン・ツチダ』は料理酒としても最高ですね。一般的なお酒と違ってすごく旨味があるから。僕は冬の間中、おでんを絶やさないようにしているんですけど、おでんを仕込むときにも使わせてもらっています。

土田さん
へえ〜、それはすごい!ありがとうございます。

茂田
異常に料理が好きなもので(笑)。おでんの出汁は牛すじなのですが、お肉との相性も抜群ですね。

土田さん
『シン・ツチダ』の場合、旨味成分のアミノ酸を多く含んでいるのでワイルドな感じもあり、お肉と合うんだと思います。ただ、一般的な日本酒づくりにおいてアミノ酸は雑味といわれ、あまり良しとされていません。このお酒は完全無添加でつくっているので毎回味も違うんですよ。

茂田
土田さんのお酒って、ワイルドなほどおいしいですよね。毎回味が違うということは、例えばワインのように、同じ銘柄でも味が異なる“ヴィンテージ”と捉えることもできる。飲む側にとっても「今年の『シン・ツチダ』はどんな味なんだろう」という感じで、非常に楽しみでもあります。

土田さん
そういっていただけると本当にうれしいです。雑味を少なくするためには米を磨いて余分なタンパク質をきれいに削ぎ落とすんですが、そうすると米の味がどんどん失われていき、みんな似通った味になってしまいます。だから我々は、米をなるべく磨かない酒づくりをしています。

茂田
いわゆるベーシックな日本酒のつくり方とは真逆なんですね。昔からそういうつくり方だったんですか?

土田さん
いまのような昔ながらのつくり方に完全に変えたのは、5年前からですね。添加物を入れない酒づくりをはじめて行ったのが9年前で、「昔の人ってやっぱりすごいなあ、おもしろいなぁ」と思いました。でも江戸時代はみんなこの方法だったわけで。米を磨く技術もなければ添加物も入れられないからこそ、蔵にいる菌を活かしていたんですよね。はじめは今のつくり方にすべて移行する考えはなく、自分逹の技術のために少しずつ続けていこうという認識だったのですが、人口減少などの影響で、数年前から元々つくっていたお酒が売れないという問題が起きていました。そこから「このままではダメだ」と本格的に考えるようになり、試行錯誤しながら今に至ります。

茂田
そういった経緯があったんですね。そもそも米を磨いて日本酒をつくるようになったのって、いつからなんでしょう?僕は“吟醸酒ブーム”というものに高度経済成長期ならではの贅沢というか、ものの捉え方を感じます。

土田さん
おっしゃるように吟醸酒ブームの頃からです。昔は米を磨くというつくり方に憧れがあったのかもしれませんが、そこに捉われすぎてしまった結果、味の多様性が失われてしまったのが一番の問題です。日本酒を仕込むときは一般的に酒米を使うのですが、うちでは地元・群馬の食用米を使っています。ごはんとして食べるお米と同じようにコイン精米所で精米したものを、農家さんに持ってきてもらうということもあります。

茂田
今お聞きしたようなお酒のつくり方って、いい意味で時代の制約条件にハマっていますよね。地域性のアドバンテージでもあるというか。僕としては、これからのクリエイティブが面白くなっていくのって、この制約条件をどう取り入れるかだと思っているんです。時代の背景にある制約条件をちゃんと反映することで、その時代の伝統になっていく。土田さんのお酒ってすごくそこを感じるから、感動するんです。

土田さん
あぁ、同感です。そして、ありがとうございます。米を磨かないことで、結果的にエネルギーの削減やものを捨てないことに繋がったのはたまたまですが、最終的には“ものづくり”なので「俺の癖を味わってくれ」と思うんですよ。均一性を取ることは量産するためには大事なんですけど、ほかに同じものがあるんだったら自分がつくる必要ないじゃないですか。業界としてはこれまでこの“癖”を抑えてきたわけなんですけど、その価値を変えたくて。そうしないと次世代の担い手がいなくなってしまうという危機感もあります。

茂田
そうですよね。後は個性だけでも、つくり方が素晴らしいというだけでもダメですよね。おいしくないと続かないし、根付いていかない。“おいしい・おもしろい・個性がある”この3つの条件が、今後重要になってくるはずです。

土田さん
おいしいことが一番大事。オーガニックの食べものでもそうですけど、そこは大前提ですね。個性の部分で次に加えるとしたら、土地の記憶というか、土地を包含したものが必要になってくるのだろうと思います。そうしないとつくる場所はどこでもよくなってしまう。土地の米・土地の水・土地の菌というのは、まさにローカライズ。これからの酒づくりの新しいスタンダードになるんじゃないかなと。


革新的なクリエイティビティは、どうやって生まれるのか?

土田さん
それでは蔵をご案内しますね。酒づくりの工程はざっくり7つ。精米された状態の米を洗う→蒸して冷ます→麹をつくる→酒母(しゅぼ)をつくる→もろみを仕込む(発酵)→搾り・熟成→火入れ・瓶詰めといった感じです。材料は米と麹と水の3つだけ。そこに菌ですね。蔵に住み着いている多くの菌を活かしてつくっています。

茂田
蔵の菌を活かしながらつくることの良さや難しさって、どんなことがあるんでしょうか。

土田さん
同じものを安定的に大量につくりたい場合、余計な菌はいない方がいいんです。そのために、いろいろな添加物を入れて調整するんですが、これだと出来上がる味のゴールが見えてしまう。それって技術者としてはつまらないというか、楽しさを奪われている感じがして。僕らが大事にしているのは、おいしくて面白い酒づくり。添加物を入れずに菌を活用することは当然リスクがあるし、意図しないことがしょっちゅう起こる(笑)。でもこの菌のおかげで味のオリジナリティが生まれるんです。日々、発見や失敗、検証の繰り返しで彼らも大変だけど、楽しみながらやってくれていると思います。

茂田
それって仕事の醍醐味ですよね。土田さんも最初は現場で酒づくりをされていたんですか?

土田さん
はい。5年くらいやっていました。僕は代表業もあるのと、杜氏の星野がつくる方がおいしいものが出来ると思ったので、今はすべてを任せています。もちろん意見を言い合うことはありますけど、信頼していますから。

茂田
星野さんは、なぜ杜氏になろうと思ったんですか?

星野
高校2年の進路を決めるタイミングで農大を目指してる友人と話していたら“醸造”って言葉が出てきたんです。そのとき初めて“酒をつくる”という道があることを知って、漠然といいなと思ったんです。両親がお酒好きで、2人で飲みに行くとハッピーな感じに酔っ払って帰ってくることもあって、アルコールは人を楽しくするものなんだろうな、という認識でした。そこからいろいろと調べ始めて“杜氏”という職業があることを知り、これになるしかないと。

土田さん
すごいなぁ。それ以来、ずっとこの道一筋なんだね。

星野さん
はい。ただ僕は本当に勉強が嫌いで。大嫌いなんですよ(笑)。高校は進学校だったんですけど、部活ばっかりしていて入ろうと思っていた学校は自分の成績では無理だったので諦めました。当時、おそらく日本で唯一の酒造免許を持っている専門学校があったので、そこに入ったんです。土田酒造とは専門学校時代からの縁ですね。

茂田
人と違うことをやりたいっていう意識とか、遠回りというか計画どおりじゃない生き方のプロセスって、逆にプラスに働くことないですか?基礎をしっかりと学んだ人が、決まった形や考え方から脱却するのって難しい場合があるんですけど、僕の化粧品を面白いといってくれる人がいるのは、基礎に囚われ過ぎていないからだと思っています。

土田さん
なるほど、そうか。茂田さんがおっしゃったように、自分もそっち側の人間だから、誰もやらないようなことを出来たのかもしれない。今の話を聞きながら納得しました。僕も最初は全然違う業界にいたんですよ。

星野さん
社長がガチガチの酒づくりを学んできていたら、おそらく今みたいに面白いことをやろうというスタイルはないですよね。

茂田
お2人はすごくいい関係性なんですね。仕事はやはり自分が面白いと思うことをするのが一番です。

星野さん
僕は、常に酒のことを考えているんです。考えるなって言われても浮かんでくるんですよ、酒のことが。例えば小さい子どもが1人でいるのに「あなたは寝てなさい」って言われても無理ですよね。「赤ちゃんのお世話なんて忘れなさい」って言われてもねぇ、忘れようがないし。

茂田
確かに。ものづくりをする人間としては、それってすごくいい例えだなぁ。質問なんですが、お酒をつくっていて想定外の出来事が起きたとき、最終的にどうコントロールするんですか?

星野さん
自分がこうしたいというイメージがないと、ゴールがわからなくなるので、最終的な味のイメージは必ず持っていないとダメですね。後は過去の例を参考にしたりします。事実と理論と感覚のミックスみたいなものかもしれません。

土田さん
彼の場合、狙っていた味と違うなと思った瞬間に、発酵で味を加えたり組み換えたりしながら、どうすれば元のイメージの味に落とし込めるだろうかっていう考えになるんです。センスというか、アイデアの引き出しがたくさんあるんです。だから正直、失敗したときほど僕は楽しみなんです。今回はどうやってリカバーするんだろうって(笑)。

茂田
“味覚の絶対音感”みたいなものでしょうか。ものづくりをする上で匠と言われる人は、手作業なんだけど均一性が出せるというか、想定外のことも織り込み済みでコントロール出来る能力がありますよね。これからの時代、クリエイティビティに対して絶対的な信頼をしてもらうことが大切だと感じています。消費者というよりも、星野さんという杜氏であり、土田酒造さんを応援する人逹が応援したくてお酒を買う、そういう関係性なんだろうなと思います。


“菌”という共通点と、発酵する対談。

茂田
個人的に、土田酒造さんの酒づくりにおける菌の考え方と、僕の化粧品づくりにおける皮膚科学上の菌の考え方がすごくシンクロしている気がするんです。菌の多様性にも通ずる部分があるというか。

土田さん
菌というと悪いイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれないけど、すべてがそうではないですからね。漬物をつくるときは、手で混ぜて常在菌でつくった方が良いとも言いますし。男性と女性でも菌が違うともいうし、面白いですよね。

茂田
そうですね。最近では、乳酸によって皮膚の菌組成も変わるというエビデンスも出ているそうなんです。乳酸を摂ると、汗から乳酸が皮膚表面にチャージされてpH値が変わるんですが、皮膚にとって良い菌は弱酸性側で生きる菌なので、汗の乳酸が優位になると皮膚の状態は良くなるということなんですね。

土田さん
そうなんですか!いやぁ、勉強になります。

茂田
ヨーグルトやワインもそうですけど、やはり乳酸がキーワードなんです。土田さんのお酒って、乳酸の香りがしますよね。だからすごく肌にも良いんじゃないかと思って。乳酸にはメラニンの過剰生成を抑制してくれる働きもあるので、お酒をつくっている人の肌ってやっぱりきれいですよね。

土田さん
なるほど!弱酸性のものを皮膚に塗るのと体の中に取り入れるのとでは、どちらが良いんでしょうか?

茂田
もちろん塗っても良いんですが、自然の中での分解機能を経た汗とか、先ほどの話のように細胞内に乳酸が組み込まれることの方が、人の体にとってはより安全ですよね。

土田さん
確かに。それはそうですよね。

茂田
アトピーの例でいうと、皮膚の乳酸量が減って、というよりもpHがアルカリ側に傾いて、黄色ブドウ球菌が増えることで痒くなる現象が起こるんですね。根本の原因とはまた別の話ですけど、乳酸を摂って汗をかくことで菌の組成が変わるので、かゆくなる症状は緩和されるんじゃないかとは思います。

土田さん
乳酸菌を摂るんじゃなくて、乳酸なんですね。勘違いしている人も多い気がします。

茂田
それはありますよね。化粧品の場合、乳酸が入っていると塗ったときに刺激を感じてしまうので、成分としてはあまり入れられないのですが、汗の再吸収で角質細胞内に乳酸が組み込まれていくと、肌の菌バランスがすごく良くなるんです。外用すると刺激になるんだけど、内側から出てくる分には良いっていう。不思議ですよね。要するに、乳酸は塗るんじゃなくて飲めば良いんです(笑)。

土田さん
そういう文脈があるんですね。何だかすごい話だなぁ。

茂田
僕は美容をきっかけに、体そのものの健康についてもいろいろと学ぶようになりました。東洋医学とか薬膳も良いんだけど、そこまで複雑に考えなくても、もっとシンプルに自分が生まれ育った地域で旬のものを取り入れることの方が、理にかなっているような気もします。人間って、そうやって補完しあって生きているものだから。土田さんのお話にもありましたけど、いわゆるローカリティをちゃんと取り入れることって大事だと思うんですよ。そういう意味では、日本という地域に元々存在していない菌や食品を取り入れることで、現代病が増えていったのも事実ですよね。

土田さん
その土地の、季節のもので健康がまかなえるわけですもんね。お酒にもそれと近い話があって、以前読んだ科学書には、日本酒以外のアルコールは体を冷やすということが書かれていました。例えばウォッカのような蒸留酒の場合、一瞬は温まるけど時間とともに冷えていくのに対し、日本酒は中庸性に近くて体を温めるんだそうです。冬に日本酒が飲みたくなるのは、そういうことかなと。それから、よくお客様に言われるんですけど、うちのお酒って飲んだ後の酔い覚めが早いみたいなんですよ。麹が強いので、残るものが少ないというか負担が軽いのかもしれません。こういうこともやはり、菌次第なんです。

茂田
土田酒造さんの酒づくりにおける麹の存在って、やはりものすごく重要なんですね。

土田さん
そうなんです。日本酒づくりで大事なことはなんですか?ってよく聞かれるんですけど、結局これが一番大事なんです。麹次第で味がある程度決まってくるので。

星野さん
蒸した米に種麹と言われる麹の菌を振りかけるんですけど、うちの場合、普通の蔵に比べたらめちゃくちゃ多い量を振るんですよ。それが強みでもあるんですが。作業は手の感覚が大事ということもあって、素手で行っています。それも菌を振る量が多いから可能なんですね。つくり方でもうひとつ特徴的なのは、室(むろ)で麹をつくる時間が異常に短いということ。そうすることで、後味がすっきりして、濃厚なのにくどくない味わいになるんです。

茂田
ものづくりにおいて、規格ってあるじゃないですか。食品や化粧品なんて特に安全性の基準とかも必要になってくるし。エンドユーザーの方が均一性を求めるのは前提としてあるんだけど、もうちょっと自然発生的なもののつくり方があっても良いんじゃないかと思うときがあります。最初にお話した『シン・ツチダ』のように、ヴィンテージごとに味が違うのを楽しむことが豊かだと思えるような時代になれば、もっと楽しくなっていくんだろうとは思いますね。


PROFILE

土田祐士

土田酒造 6代目蔵元

コンピュータ総合学園HALを卒業後、カプコンに入社。その後、2003年に土田酒造に入社後、6代目蔵元となり、お酒造りのスタイルを大きく変えた。


星野元希

土田酒造 杜氏

東京都杉並区出身。東京バイオテクノロジー専門学校を卒業後、新卒で土田酒造に入社。お酒造りの世界に入ったきっかけは、高校2年生だった。


茂田正和

株式会社OSAJI 代表取締役 / OSAJIブランドディレクター

音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ進み、皮膚科学研究者であった叔父に師事。2004年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業の化粧品事業として多数の化粧品を開発、健やかで美しい肌を育むには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、スキンケアライフスタイルを提案するブランド『OSAJI』を創立しディレクターに就任。2021年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、2022年にはOSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド『HEGE』と、HEGEで旬の食材や粥をサーブするレストラン『HENGEN』(東京・北上野)を手がける。著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)。2024年2月9日『食べる美容』(主婦と生活社)出版。


土田酒造

1907年に創業し、群馬県利根郡川場村に拠点を構える土田酒造。菌や微生物の働きを活用した、完全無添加で生酛(きもと)づくりによる日本酒の醸造を行っている。「菌とともに、楽しくつくる」をテーマに、江戸時代の醸造技術や日本酒文化を次世代へと繋ぐべく、日々挑戦し続けている。

■住所 / 群馬県利根郡 川場村川場湯原2691
■営業時間 / 10:00 ~ 16:00(最終入館15:30 / 直営店含む)
■電話番号 / 03-5456-8782
■定休日 / 年中無休(年末年始・当面の間は木曜日)
https://tsuchidasake.jp


text : Haruka Inoue

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